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附属中学校入試問題の印象 3

算数の試験時間もそれほど余裕はありません。終盤の問題の小問3あたりには、やや難しい問題が配置されているのも例年通りで、時間が足りない中、その問題にトライするかどうかは重要な判断になります。残り3分しかない状況で難しい問題にトライするくらいなら、スッパリ諦めて前の問題に取りこぼしや勘違いがないかを確認したほうがいいことも多いでしょう。
目の前にまだできていない問題があると、取り組まなくてはいられない!というのは、子どもに限らずすべての人の「人情」ではないかと思いますが、そこを冷静に判断して、最高点を取るためにしなければいけないことを行動に移せる能力には、学習能力を超えた人間としての「賢さ」が現れると思います。そういうことも、入試では測られていると考えたほうがいいでしょう。

ただ国語の場合は、時間が足りないときに捨てるべきは途中の問題であり、作文は配点が多いので、かならず書き終わらなければいけません。作文が書けなかったのに合格したということは、ほとんどないのではないでしょうか。

試験にはその子の学習能力だけではなく、興味関心、性格、経験などすべての要素が反映されます。だから勉強だけしていれば合格するのではないのです。時間を大切にして、好奇心をもってあらゆることに関心を持ち、すぐに行動するという心がけを持ち、たくさんの経験を抱えて日々を過ごしていきましょう。それができているならば、合格の確率は相当上がるはずなのです。

来年受験しようという方の参考になれば幸いです。

  ( K )

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附属中学校入試問題の印象 2

今回は算数について印象を書いてみましょう。

算数もほぼ例年通りで奇抜な印象や凝りすぎな感じはありません。どちらかというと「やや易化」かもしれません。

資料(データ)の調べ方の単元は頻出のようです。問題文を読み取る能力をはかれること、言葉で答える問題を作りやすいこと、公式があまり無く思考力を問えることがその理由でしょうか。
算数の受験対策では、計量計算、速さなどの文章題、つるかめ算などの特殊算などに重点がおかれ、実際その手の問題もかならず出るので準備は必須なのですが、その盲点になりがちなのがこの資料ジャンルです。かならず復習して問題をこなしておきましょう。問題自体は簡単なことが多いのでよい得点源になります。

また、この資料統計ジャンルは、高校入試でも頻出です。その理由は上に述べたことと同じです。

算数数学では、問題を正確に理解する能力と、公式やパターンに当てはめるのではなく、実際の様子をイメージして自力で考える思考能力が本当に重要です。
これは小学生も中学生も同じで、パターンに当てはめて解くだけしかできない場合は、せいぜい65点くらいが上限になってしまうと思います。
また、その思考の根源にあるべきことは、言葉で定義をしっかりと理解しているかどうかです。
例えば「三角形とはどのような図形のことか説明しなさい。」と言われて正解が言えるでしょうか。もちろんこんな問題は絶対に出題されません。しかし、三角形とはこういう図形だときっちり理解していなければ、三角形の内角の和も、面積の公式の意味も、ただ覚えるだけで応用のできない頼りないものになってしまうのです。

正しい意味を理解して、それを順々に積み重ねられているかどうか。それができていれば、このあとの数学の学習も同じように積み上げていけるのであり、その能力を試験しているのが入学試験なのです。

  ( K )

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附属中学校入試問題の印象 1

先月行われた、鳴門教育大学附属中学校の入試問題を解いてみましたので、その印象を何回かに分けて書いてみたいと思います。

科目は算数と国語の二科目で、日程などは例年通りということです。
全体の印象としては、それほど変化していないという気がしました。

受験した生徒の印象では、国語が難しかったという意見が多かったですが、実際解いてみると、問題文自体も割と素直な文章ですし、文章も多すぎないので、なんのことだかさっぱりわからないという受験生は少なかったと思います。全体としては良問だと思いました。

国語は最後に作文がありますので、そこに時間をどれだけ残せるかが、重要なポイントだと思います。180文字ですから、練習していれば8分ぐらいあれば書けるはずです。
他の問題は大きく差がつく印象はなかったので、作文がしっかり書けたかどうかで差がついたでしょう。最悪は時間切れで作文が書ききれずに終わってしまうことで、これをやらかすと取り返すことは難しいと思います。

結局は作文の時間を確保するために、他の問題をスムーズにこなす必要があるわけで、読む力は相当に要求されます。

近年、英語では、従来の読む書くにプラスして、聞く話す能力に重点を置くように変わってきましたが、国語だけは最近やたらと読む能力が問われていて、ややもすると、他教科にまでその傾向が伝播しています。
結局のところ、英語は日本人ですから話す聞くという機会が少なすぎるわけで、そのために話す聞くが重視され、国語では読書量の減少から昔ほど文字を読まなくなったために、かえって読解力を要求されているのではないかと思います。

足りないことを的確に補充していくということがどれだけできているか。目標を立て計画的に努力することを求められているんだなあと、しみじみ感じてしまいますね。

  ( K )

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社会科に興味関心を持つには

社会科とは、暗記科目であり、地理・歴史・公民の各分野の言葉や意味を覚えるものだ、と考えられることが多いです。しかし元々教養としてこれらの知識を持っていれば、覚えることも容易ですし量も限られてきます。

社会科の素養を持っている子どもというのは、理科に比べると少ないように思われます。虫や花や料理が好きな子供のほうが多くて、政治経済に興味がある子は本当に稀ですし、歴史はややマシですが、マンガやドラマの影響で物語として戦国時代や古代中国など一部分だけ興味を持つことが多い印象です。地理が一番マシですが、鉄道などの乗り物に興味がある男子に多く、女子ではそういう関心を持たない子が多いのではと思います。

しかしここで社会科というものはそもそも何なのか、ということを考えてみましょう。それはその名の通り「社会」の仕組みを理解することです。今自分が属しているこの社会は、なぜこのような形で存在しているのかを理解しなければいけません。
社会とは人々が集まっているところにある一定のルールのようなものですが、そもそも人と人が一緒に暮らしていれば、効率化できることもある反面トラブルが発生することも多いです。それをどのように解決していくのか、ということを学ぶ科目とも言いかえられます。
ですから、社会科というものは、基本的に人同士の付き合いがあって初めて、ありがたい思いや嫌な思いをしたりするものですから、人同士の付き合いが希薄であればありがたみや精神的苦痛や問題点を感じることも少なく、結果として社会科の素養を築くことができません。

今の私達の社会を見回してみてどうでしょうか。個人主義が当たり前になり、基本的人権も当たり前になり、機会公平よりも分配公平ばかりが強調されています。他人の持ち物には敏感で同じものを欲しがりますが、しかし他人が何をしようとも迷惑がかからなければ知らん顔です。
子どもも物心ついたときからそんな社会で育ちますから、社会を考えるよりも自分のことがますます優先になってしまいます。それで社会科の素養が育つでしょうか。あり得ないことでしょう。

別に昔のような濃密な家族・労働環境に戻れと言うのではありません。今の状況を理解したうえで、子どもたちには意識して人付き合いをさせてほしいなあと思うのです。世代や地域を超えた付き合いをして様々な価値観にふれ、そこで嫌な思いもすることで初めて、どうすればもっと世の中がよくなるのだろうか?自分はこう思うけれど他人はどう思うのだろうか?という視点を持ち始めると思うのです。
そして、そういう経験こそが、社会科の素養につながるはずなのです。

  ( K )

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先ずはやってみせる

適性検査の理科社会を向上させるには、興味関心あるいは子どもの教養と言えるものがあると圧倒的に有利だという話をしました。
ではまず理科の興味関心を伸ばすにはどうすればいいのでしょうか。

子どもの頃から、その素養というものは自然と現れてきます。虫を見て喜ぶのか逃げ回るのか。道端の花が咲いたら見つめるのか無関心なのか。ボールがあったら転がしたり投げ上げたりしてその動きを観察するのか、などなど。

こういうことに興味を示さない場合、何をすればいいのでしょうか。
なんとかしようと親が関わってやってみたところで、そうは簡単には食いついてはきません。だいたいは(で?)みたいな顔をして終了です(笑)。しかし、そこであきらめてはいけません。あれこれと事あるごとにやって見せるよりないと思います。元々素養がないのですから、何か一つでも面白がってくれたら儲けもの。しかし面白がらなくても、いつか後で「見た経験」として活用できるかもしれないのです。

ですから先ずは周りにいる大人が喜んでやっている・面白がっているところを見せなければいけません。それを子どもは真似して大人になっていくというのは、古今東西当たり前のことではないでしょうか。

先(ま)ずやってみる人のことを先生といいます。人に先んじて知った事やった事を生徒の目の前でやってみせ、それを子供自身ができるまで側について指導する。それが先生というものだと考えています。

先ずはやってみる。それを子どもが小さいうちから、自然とできている親の子というのは、比較はできませんが、必ず少しは能力を伸ばせているのではないかと思います。

  ( K )

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プロフィール

自律学習ゼミ

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、ホームページをご覧ください。
2023.5.17.

自律学習ゼミHP
https://jiritsu-gakusyu.jimdosite.com/


お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

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