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足りないもの。。。

地元公立上位層にいながら、
この先の伸び悩みが見え隠れする子たちに足りないものは何だろう?
と、よく考えます。
中学に上がるまでに意識的にやっておくべきことがあるのではないだろうか?

個人懇談などで、お母さんに学習状況や私たちが感じていることをお話しするときに、
小学生の場合、よく話題になるのは、
もっと、色々な体験をしてほしいということや、
もっと、正しい会話を多くしてほしいということ。

ドリルやパターン演習を増やすのではなく、
日常生活の中のちょっとしたことから、話を膨らませてほしいのです。

例えば、図形が苦手な子に、
「折り紙したことある?」と聞くと、ないと答える子がいるんです。
理科の蒸留の実験の話が、どうも頓珍漢なので、
「お鍋でお湯を沸かしたことある?」と聞くと、ないと答える子もいます。
あるいは、右ねじの法則という言葉までたどり着いているのに答えが出てこないから、
「ねじ、回したことある?」と聞くと、ないかもしれないなどと言うのです。

なるほど、それではイメージもできないよなぁ...と思います。
おうちの人と、お料理を一緒にしたり、ちょっとした家具を組み立てたり、
そういう経験こそ大事なのであって、
お膳立てされた夏休みのキャンプから得るものよりも、
もっと大事なものが日常に転がっていると思うんです。

日常の会話も、単語で済ませずに、せめて短文にしてほしいと思うんです。
その積み重ねで、自分の考えたことがきちんと説明できるようになると思うんです。

そんな話をすると、たいていのお母さんは、「難しい…」という顔をして帰られます。
そうだと思います。
そういう話をしなければいけないお母さんは、
苦手な単元がある、できないことがあると発覚すると、
たいてい新しい問題集を買ってくるのです。

やるべきことはそうではないと思うんです。
図形が苦手だから、図形の問題集をやればいいのではない、特に小学生は。

実際に紙を折ったり、切ったりしてほしいのです。
どうやれば、目の前にある形の見取り図が書けるのか、
どう書けば、同じような形に見えるのか、
それを実際に作るには、どんな展開図を作ればいいのか、
実際に展開図を書いて、切って貼って作ってほしいのです。

苦手な単元の新しい問題集を追加されるだけでは、
まさにパターン演習を重ねることになって、パターン暗記に走ってしまうだけです。

そうではなくて、もっとストン!っと納得できるような体験をするべきだと思うんです。
難しいのはわかっています。
そもそも時間と手間がかかります。
その子が、いつ、どのタイミングで納得できるか・・・それは様々ですから、
なんとなくわかったようなわからないような…という状態のまま過ぎることもあると思います。
でも、そういう体験をしていること、考えるということをしたことで、
近い将来、そういうタイミングが訪れるはずだと思います。
思いたいと言ったほうが正確かもしれません。
周囲の大人は、我慢強く、それを待つしかない。

パターン演習をさせると、効果があったように見えます。
一見、そちらのほうが効率がいいように見えるものです。
でも、それは、まやかしであって、本当の意味でできるようになったわけではない。
力がついたわけではないのです。

ここ十年ぐらいの間に、プリントドリル学習を導入する塾をよく見かけるようになりました。
そういう営業もよく流れてきます。
どんどん自分でプリントを解かせて、丸付けさせて、
ひたすら苦手単元のプリント学習をするのです。
私自身は、絶対にやりたくない方法です。

塾経営上はとても効率がいいかもしれません。
しかし、パターン演習から脱却させなければいけない子たちに、
さらにパターン演習を押し込むなど恐ろしくてできない、と私は思っています。

そういうプリント学習ブームに逆行するようですが、
いよいよパターン演習からの脱却に手を入れていかなければいけない時期が来ているのかなと、
近年の子供たちの変化を見ていると感じています。

私自身、両親の介護も少し落ち着いたし、
精神的にも両親の状況を受け入れられるようになってきたし、
講師2人体制になったことで、少し余裕を持てるようになったので、
4月から教科学習とは少し離れたジャンルの講座を始めよう考えています。
zoomを使ったオンラインの講座にする予定です。
詳細は、このブログで紹介していきます。


( N )


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ドリル・パターン演習で凌ぐ子たち(つづき)

昨日のつづきです。
今日はドリル・パターン演習で凌いでいる子の読解についてです。

文章を読んで、頭の中に映像が浮かぶということが、どうやらないらしい。
前にも書いたことがあると思いますが、
「黒々とした森林が広がっていて、雪をかぶった高い峰に月の光が反射している…」
こんな文章があると、頭の中にその情景が浮かんで、
冬の晴れた夜であるということは簡単にイメージできるはずですが、
それができない。

雪だから冬、月だから夜と、解説すればそういうことにはなるのでしょうが、
情景のイメージが頭の中に浮かべば、いちいちそんな風には考えないはずです。
でも、そうやって考えているようなのです。
それでは、物語を読むのも楽しくないだろうなと思います。

だから、少し難しい文章は避けて通るんです。
自らそういう本に手を出すことはないですし、
お母さんに勧められて読んでみても、イマイチ内容が把握できない。
全然面白くない…となるわけです。

そういう子は、登場人物が多かったり、
その人間関係が複雑だったりすると、たちまち、わけが分からなくなります。
いきなり会話文が並んでるような文章になると、誰の発言かさえも危うい。
会話の内容から、誰の発言なのか、どういう関係なのかを読み取るには、
イメージを頭の中に作っていると思うのですが、
ここでも、イメージはなく、パターンを探そうとするんです。

さらに、これは国語に限ったことではなく、
当然、他教科にも影響を及ぼし始めます。
「問題文が何を言っているのかがわからない…」こう言い始めるのです。

知らない言葉が混じっていると、たちまち、難しい文章だと判別して
それが短い文章であってもシャットアウトしますし、
長い文章では、単語だけ拾い読みします。そして、意味をつなごうとする。
当然、正しくは読み取れません。

しかし、入試問題は、ことごとく長文化し始めています。
つまり、公立上位層のドリル・パターン演習で凌いでいる子たちには
歯が立たなくなりつつあるのです。



( N )


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ドリル・パターン演習で凌ぐ子たち

昨日のつづきです。
地元公立上位3割の中には、
ドリル・パターン演習だけで凌いでいる子がかなりいるというお話。

10日ほど前の記事にも、
パターンや公式に当てはめるだけの子が多いということを書きましたが、
これは、小学生のうちに、すでに始まっています。

例えば、苦手な小学生が多い速さの問題。
距離=速さ×時間という公式に当てはめると考えているんです。
公式を覚えて当てはめる問題と化しているのです。

パターンで凌げる子なら、
公式は覚えられますし、代入もできますから、基本問題は当然できます。
少々応用になっても、この公式に当てはめると解ける問題ならできます。

しかし、これが、中学の方程式の文章題で再び登場しますよね。
平気で、時間=速さ×距離とかいう式を立てるんです。
そして、真剣に悩んでます。難しい…答えが合わない…と。

しかし、何題か解いているうちに、パターンができて解けるようになります。
でも、これは当てはめるパターンができて解いているだけで、
「時速って何?」というそもそもがわかっていないなんてこともあるのです。

あるいは、「時速6キロは、1時間に6キロ進めるという意味」と自ら言えるのに、
「じゃぁ30分で何キロ進む?」と聞くと、即答できなかったりする。
1時間の半分だから3キロとは考えられないらしい。

挙句の果てに、30を60で割って時間に直そうとしてみたりする。
それ、わざわざそんな計算して出す?
噓でしょ?と思うかもしれませんが、実際に、よくいるんです。
しかも、市内普通科なら何の問題もなく進学できる成績の子たちです。

当然、小学校のうちからこういうことをしてるんです。
「分を時間に直すときは60で割る」とか、
「mをcmに直すときは100をかける」とか、
とにかく、そういう風に覚え倒すんです。
だから、身についていないというか、感覚として使いこなせないというか、
まさに、生活に活用できない、ということになります。

しかも、習いたての頃は覚えていますが、しばらくたつと忘れる。。。
そして、「かけるんだっけ?割るんだっけ?」とか、
「100だっけ?1000だっけ?」とかって考えるんです。

恐ろしいのは、こういうタイプの子は、
パターンに当てはめることに注力して、
小学校から何年も積み重ねているので、妙な勘が働くw
テストで、応用問題まで解けていたりするのです。

ところが、「これって、どうやって考えたの?」と問われると、
たちまち窮してしまします。正解しているのに、です。
「これとこれをかけて、こっちもかけて、これとこれで割った」
式は言いますが、どうして、そうなったかの説明はできないのです。

問題文中に出ている数字を、あてはめられる公式やパターンにあてはめて、
それらしい数が出てくるように操作する。。。そんな解き方をしています。

そんなんで正解するん?って思うかもしれませんが、
してるんですよね、そういうタイプの子は。
恐ろしい勘ですw

読解に関しても、かなりおかしなことをしている子が多い。
明日は、そのあたりを見ていきます。



( N )


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地元公立上位層

少なくとも、受験が必要な中学に入学した場合、
それなりの成績以上の子たちが集まるので、
それぞれの学校に、いわゆるトップ層の子たちも多くいます。
ですから、地元公立上位層ぐらいの成績ならば、
当然、校内で真ん中よりも下の位置になることが多いため、
ある程度の危機感は生まれると思います。

しかし、地元公立でいれば、そのくらいの成績でも
小学校から常に上位層に位置付けられてしまって、
意図的に、外の世界を見せない限り、
子供たち自身が自分の位置を正しく認識することは起きないわけです。

もっと言えば、親御さんたちも、上位でいるから大丈夫と思いがちです。

この「大丈夫」というのも、まったく基準がない言葉なので、
どう大丈夫なのかはわかりませんが、とりあえず、安心しています。
あ、安心していなくても、危機感は持っていませんw

上位層でいる多くの人たちは、大学に進学しようと考えていると思いますが、
一番多くの人の基準になっているのは、国公立大学だと思うんです。

「うちは、旧帝大しか受け付けません!」なんていうトップ層のお話は、
ここでは一旦おかせていただいて、
上位層の多くの人は、まぁ、そんなハイレベルはともかくとして、
そこそこの国公立大学ぐらいには、行ってほしいなぁ…
なんて漠然と思っているのではないでしょうか。

ですが、現実問題として、各校の進学状況を見ると、
地元公立上位層でいれば、国公立大学に行けるのか、と言われると、
甘く見て五分五分ですね。。。ということになります。
気になる方は、各高校の進学実績を見てみてください。

市内の地元公立中学で、上位3割ぐらいにいれば、
市内普通科は問題なく合格できるでしょう。
しかし、その中の半分の子が国公立大学に行けているかというと、
そうではないのです。

そこを基準点に置くのであれば、
地元公立なら、最低でも上位1割に入っていなければ、
国公立大学は射程圏内には入りません。

地元公立で上位1割までが、ギリギリ国公立大学が狙えるレベルであるということを、
実感として持っている上位層の子って、あまりいないんですよね。
上位2~3割でも、なんとなく、行けるんちゃう?行けるだろう。。。とか思ってるんです。

それで、「そんなの無理!」とか、誰かに言われると、
あっさり諦めモードに入る。。。
待て待て、諦めるのはまだ早いだろう?と、
お母さんが、うちの塾へ連れてきてくれて、
必要な勉強量や、実践すべきやり方や、様々なことを事細かく指導するうちに、
上位5%に食い込んで、諦めかけた夢を取り戻して、卒業した子もいます。

しかし、そうはいかない子もいるんです。
このところ、特に気になるのがそういう子たち。
地元公立上位層(3割以内)にいるにもかかわらず、
ドリル・パターン演習で、何とか凌いでいるだけの子。

しかも、これが結構多い気がするのです。
そして、そういう子は、深く文章を読んだり、深く考えたりすることができない。
当然の結果として、それ以上は伸びないのです。

小学校のうちに、すでにその傾向は見て取れるのですが、
小学校は学習内容が簡単であるがゆえに、
じっくりと見ていないと気が付かないものです。

では、実際に、どのようなことが起きているのか。。。
明日はもう少し深堀りしてみます。



( N )


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聞き耳を立てる

子供と大人が直接話しをすることは相当少なくなってしまいましたが、大人同士の会話を聞くという機会も減っています。

昔は親戚のところに連れて行かれることが多く、そこで親は勝手にじいさんばあさんや親の兄弟などと大人の話を始めるわけです。スマホも携帯型のゲームもなかったですし、親戚の家で勝手に遊びだすこともできないので、いやでも大人の会話を大人しく聞いているしかすることがありません。子供にとって大人の話はだいたいは面白くないのですが、なんとか意味を知りたいと必死で聞き耳を立てたものです。

あるいは、昔は電話が家に1台だけの固定電話でしたから、親が話している会話が、(それは会話の片側だけではありますが)筒抜けに聞こえてきたものです。
仕事の電話、業者や病院などに何かを依頼するときの電話、親の友人や兄妹と話している電話。そこには様々な文体や知らない言葉があふれていたはずです。しかし、メールでは大人の会話は全く聞こえません。

私はもうすっかり古い人間になってしまったので、違いがはっきりとわかりますが、今の子供たちのお父さんお母さん世代は、すでにそんな昔のことは、かろうじてわかるくらいになっていると思います。
もし、この話を聞いて、確かにそれは大変なことだと思ったら、何か意識して環境を変化させないといけないと思います。社会はこれからも会話を少なくして、なんでも簡単に物事を済ませるようにしか変化しないはずです。社会にまかせてしまっていては、言葉の力はなかなか伸びないというか、少しずつ少しずつパッと見ではわからないように、落ちていくのだろうと思うのです。

  ( K )

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プロフィール

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、下記のリンクからご覧ください。
2023.5.17.


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お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

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