fc2ブログ

厳しい

できる子の家庭の厳しさの共通点は、色々ありますが、
ひとつは、一本筋が通っていて、
やることはやらないと許されないところ。

よくあるのは、怠けてきちんとやらなかったことが原因で、
すごく悪い成績を取ったら、お母さんがマジ切れします。
「もう、そんな子の塾の送迎なんか、してやれへん!」

まぁ、意外とどこの家でもあることかもしれませんが、
できる子の家庭では、これが本当に起こってしまうこと。
というか、本当に起きると子供が思っているところ。

「そんなこと言ったて、ホンマにはせんだろう」と
子供が高を括ってるお家は甘いと思うんです。

実際に、送迎を拒否されて、
学校から、知らない路線のバスを乗り継いで、塾に来た子もいます。
「帰り、迎えに来てくれんかったら、どうしよう…」なんて言ってるんです。
さすがに、それは来てくれましたが。ww

意外と、これを本当にやってしまえるお母さんは少ないんです。
口では言いながら、実際は送迎する。。。
送迎しなくても、どうにかして塾へは行くだろうと
ある意味、ものすごい信頼してますよね。

そして、本当に、どうにかして、
塾へは、ちゃんと行く子に育ってるんです。

ある日突然できるものではない。
長くかけて積み上げてきたものがあるなぁと感心します。
実は、できる子の家庭はこういう厳しさがあるんです。


一方、イマイチ成績が伸びない子の家庭では、
厳しいのポイントがずれていることもよくあります。

授業中によく居眠りをする子がいたのですが、
ある日、お父さんが、「今日は、ご飯抜いてきました」って言うんです。

ご飯を食べてから塾へ行くから、眠くなるんだと。
だから、食べさせてないと。。。

いやいや、成長期の子のご飯抜きはダメでしょう。
ちゃんと食べさせてください!

家で勉強していても、7時や8時から居眠りをするから、
7時に寝させて、2時から勉強させてますとかいうのもありました。

成長期に、そんな体内時計が狂うようなことさせないでください!
それ、厳しいのポイントが全然違ってますから。。。


「厳しく育てる」といっても、性格もそれぞれだし、
一筋縄ではいかないものだと思います。
しかし、だれもが納得できる、筋が一本通った厳しさは
必要不可欠だと思っています。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 
スポンサーサイト



基準の違い

このブログでも、何度となく、基準が違うという話を書いてきました。

例えば、「勉強やった」と言っても、
どれくらいしたらやったというのか、その基準がないという話。

3時間ぐらいしたら、やった気分になる子もいれば、
30分しただけで、すごくやった気分になる子もいます。

10ページぐらい解いたら、頑張ったな~という気分になる子もいれば、
1ページ解いただけで、すごい頑張ったと思う子もいるのです。

子供たちの「やった」「がんばった」の基準がないように、
パパ塾・ママ塾の「見てる」「厳しい」の基準もありません。

たま~に、気が向いたときだけ、ちょっと勉強を見ただけで、
「勉強を見てやっている」という親御さんもいれば、
毎日毎日、学校に行っている間に復習プリントを作って・・・
というような勢いで、見ているのに、
「ちゃんと見てやってないから…」という親御さんもいます。

どちらにも共通しているのは、
基準が高いほど、成績が良いこと。

成績のいい子は、意外と、「やってない…」と言います。
隠してるのではなくて、基準が高いから、やってないと思ってるんです。

同じように、「私では、ちゃんと見てやれなくて…」とかいう親御さんに限って、
いやいや、ちゃんと見てないとこうはなってないでしょう?と思うことが多い。
たぶん、急所はきちんと押さえられてるんです。

逆に、「ずっと、私が見てやってるんですが…」と聞いて、
その後、一緒に勉強してみると、
「えっ?ホンマにちゃんと見てました?」と思うことはよくあります。

どこの家庭も、たいていは「厳しく育てています」と言ってますが、
それも、どれくらいを厳しいというのか、基準はないですからね。。。
そして、厳しくしておきたいポイントがずれていることも間々あります。

明日は、厳しいのポイントを見てみようかと思います。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

話の聞き方

昨日、集中して考えながら聞いているかどうかの違いが
ノートに出るという話を書きましたが、
では、話の聞き方の違いって、具体的にどう違うのか…について、
ちょっと見てみようと思います。

例えば、方程式の解き方について勉強しているとしましょう。

①まず、両辺を10倍して、小数がない形にして、
②これはあっちに移項、
③あれはこっちへ移項、
④で、それぞれ整理して、
⑤最後、5で割ると、解が出る。。。なんて手順を一緒に追うとします。

書きながら、順に説明しながら解くと、
自分も一緒に頭の中で解いている子と、
ただ見ているだけの子がいます。

どちらも、一見、まじめに授業は受けています。

④くらいで、「次、どうなる?」と突然ふられても、答えられるのが、
考えながら聞いている子です。
聞かれなくても、自分も一緒に解いてるんです。
だから、突然ふっても、すぐに答えます。

ところが、突然ふられると、答えられない子の方が多いと思います。
自分の頭の中では解いていないんです。
人が解いているのを見ているだけ。

その差が、とても大きいのです。

①小数なくすには何かける?
①’そしたら式、どうなる?
②どれ移項する?
②’どうなる?
③他には?
③’はい、式は?
④計算したら、どうなる?
⑤最後、どうする?
⑤’解は?

という風に、全て質問に置き換えると、
自分で解いてくれます。

これ、集合授業だったら。。。と想像してみてください。
自分があてられたときだけ、計算するけれど、
そうでないときは、ただ黒板を丸写しするだけの子の方が多いと思います。

だから、説明を聞いているのに、できない。
授業は真面目に受けているし、ノートもとっているのにできない。

一方、説明を聞きながら、全部自分も一緒にやっている子は、
集合授業でも十分についていける子です。
個別でもハイスピードで進めます。

そして、そういう子は、ノートの片隅に、
黒板には書いていない大事なことをメモできる子です。

数学に限らず、全教科でこれは当てはまります。
実際に自分が解く時のことを想定できているかどうかの違い。

実際に自分が解く時のことを考えながら聞いているから、
素朴な質問も出ます。
必要と思われるメモ書きも生まれます。

集中して聞くとは、こういうことだと思います。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

ノート

賢い子は、授業に集中して、理解することに力を注ぎ、
ノートはざっととるだけで、先生が言ったことのメモ書きがある。
こんな話を聞いたことがある人は多いと思います。

一方、できない子は、カラフルにノートをとることに必死で、
そっちにばかり神経がいっているものです。

それをもう少し掘り下げてみると、
仮に、授業中、ノートを取らなくても、
集中して聞いていない子は山のようにいます。

実は、マンツーマンでもあるんです。
差し向かいで解説してるのに、
「何聞いとったん?」「わかってないのに返事したな!」みたいなこと。

だから、私、マンツーマンでもノートは取らせません。
書くのは私。
しゃべりながら、とにかく問いを投げかけるのです。
できない子は特に。

「そしたら、ここはどうなる?」
「で、こっちは?」
「これは、どうだろう?」・・・、と、ひたすら質問。

さすがに、マンツーマンで、質問されると答えないわけにはいかないので、
一生懸命、話を聞いて考えてくれます。
これが必要なんです。

解説中に、私が紙に書いたことは、ほぼほぼテキストに載っていますし、
載っていないことは、「ここに追加して!」って書いてもらったり、
大事なところは、「ここに載っとるだろう?印しとき!」って、促したりするだけで十分。
説明に使った紙が欲しい子は、持って帰ります。

それから演習。
そうすると、普通はできます。

でも、質問せずに、同じ解説をしても、できない子はできないんです。
つまり、学校の授業はこの状態。

話に集中して、考えながら聞けているかどうかの違いです。
その差が、ノートの差になって表れるわけです。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

素直さ

できる子に備わっている大事な要素の一つは
素直さだと思っています。

頭が切れて、少々偏屈な子もいますが、
できる子は、それでも素直さを持ち合わせています。

自分がわからないことや、まだできないことに対して、
素直に向き合っているところがあるように思います。

逆に、まずまずできている子なのに、
途中で伸び悩む子の多くは、素直さがない。
そういう子にも時々出会います。

性格とか、環境とか、いろいろな原因はあるのかもしれませんが、
いつも、もったいないなぁと思ってしまいます。
もうちょっと素直だったら、伸びるのになぁ…と。

些細なことですが、例えば、
テキストの誤植って時々ありますよね。

そういうのを見つけたときの反応なんかにも
違いがあるんです。

問題文には、線部⑤となっているけれど、
本文には、④とふられているとします。
しかし、問題文には、引用も書いてくれているので、
誰が見ても、本文に⑤とふるべきところが④と間違えているとわかります。

「これ、どういう意味ですか?」なんて、
大真面目な顔をして聞いてくる子もいれば、
鬼の首でも取ったかのように、
「問題が間違えています!」と、嬉しそうに言ってくる子もいます。

本当に、意味が分からなくて質問しているのかもしれません。
間違いを発見したことがうれしいだけかもしれません。
でも、こういうタイプの子は、
自分がわからないことに対しては素直でない子が多いんです。

まぁ、私の印象ですが。。。

そうかと思えば、
全く気付かずに解いている子もいれば、
気付いていても、
「あぁ、間違えとるな」と、気にも留めない子もいます。

こういうタイプの子は、
問題を解く上で必要なことにしか関心が向いていないので、
そんなミスはあっても、どうでもよいとさえ思っています。

どっちが伸びるかと言えば、こっちのタイプの方が伸びるんです。

そして、面白いことに、こっちのタイプの子の方が、
自分の間違えた解答いついては、こだわりが強い。
「これ、なんか腑に落ちん」とか、
「これは、こう考えたけど合ってる?」とか、
そういう質問は多いんです。

でも、先のタイプの子には、その辺のこだわりがない。
勝手な解釈をして、平気で「わかってる」と言い切る。
それを、「いや、わかってないと思うよ」なんて言おうものなら、
腹が立ってしょうがないという様子。

他人に対してこれだから、
きっと、自分の親に対してなら、食って掛かるのでしょう。

もったいないなぁ~と思うんです。
もうちょっと素直に人に意見を聞ければ、
自分も楽だろうし、色々吸収して伸びるのに。。。

思春期に、これを解決するのは、きっと難しい。
ただでさえ、反抗期に差し掛かる年頃ですものね。
しかし、伸ばすのに大事な時期も思春期なんですよね。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

記述問題

記述問題が少しずつ増えてきていることは、
皆、それなりに実感していると思います。

問題集を解いていても、特に、理科・社会などは、
記述問題がよくあります。

記述問題が出てきたとき、
必ず、何かを書いていますか?

実は、何も書かずに、答えを写して、
それを丸暗記している子は結構います。
上位層でもです。

定期テストのような、範囲があるテストならそれでできるでしょう。
しかし、それ、本当に力になっていますか?

記述問題って、まず、書いてみないと始まらないと思うんです。
まずは、自分の知識を使って、考えて、書いてみる。
それから、解答例を見て、自分の答えとの違いをチェックする。

そうすることで、
自分の言いたいことを表現するには、
この言葉を使えばいいのか~とか、
この表現では、誤解が生じそうだなぁとか、
そういうことがわかっていくのです。

それを繰り返していくうちに、
自分で考えたことを、正しく明確に伝えられるようになるのです。

そうなると、初めて出会った記述問題でも、難なく答えられます。
でも、丸暗記を繰り返している子には、これができない。

解き方、解答の使い方は、とても大事なのです。
まずは、自分の手と頭を動かすことです。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

知識と活用

大学入試が変わったり、アクティブラーニング的な要素が増えてきたり、
教育方針が変わっていくんだな~という気配は、
子供たちも多かれ少なかれ感じ取っているようです。

記述だとか、活用だとか言われると、
なんだか、脱・知識詰め込み教育みたいなイメージを
持っている人も多いかもしれません。

でも、ここで押さえておかないといけないのは、
ベースとなる知識がなければ、何も始まらないということ。

例えば、
「カタカナの言葉を多く使うことについて、意見を述べなさい」
なんて課題作文のようなものを与えると、
この問いの意味さえ分からない中学生もたくさんいます。

そもそも、カタカナ言葉と外来語がごちゃ混ぜになって、
さらに、そこへ英語まで登場して、
国際化が進むなんて意見を書いたりする。

それでも、筋が通っていて説得力がある意見ならともかく、
「何が言いたいの?」というような文章です。

しかし、それ相応の知識を持っている子なら、
「カタカナで表現することで、わかりづらくなることがある」
というような例を挙げたり、

「カタカナで表現することで、ニュアンスが伝わりやすくなる言葉もある」
という例を書いたりします。

世代間の認識の違いなどに触れたりしながら、
自分の意見をまとめ上げる子もいます。

大人だって、知らないことについて、
意見を求められても、何をどう答えればよいのやらわかりません。
知っていることなら、それなりの意見を述べられますよね。

意見を述べるためには、まずは知識が必要なのですが、
その部分が抜け落ちてしまいそうな雰囲気。
特に中位層以下の子たち。

知識を入れることと、単なる丸暗記とは、別物なのですが、
そのあたりがうまくわかっていない子が多いような気がしています。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

英語教育

学校英語は使えないとか、
まぁ、色々と言われてきていますが、
個人的にも、色々と思うところはありました。

確かに、私も学校の英語はきちんと勉強したほうだと思うのですが、
社会人になって、海外担当の部署に配属されたときには、
青くなった記憶があります。

しかし、そこでもなんとかしのげたのは、
やっぱり学校英語のベースがあったからだと思うんです。
正しい文法の知識や語彙力なしには、成立しないんですよね、
ネイティブじゃないから。

じゃぁ、なぜ、しゃべるのは苦手なのか。。。
そう考えたときに、やっぱり、一番大きなのは、
しゃべり慣れていないことだと思うんです。

日本人独特の、正しい英語をしゃべらなきゃいけないという
おかしな感覚が、発話を妨げるんですよ、きっと。

さらに、文字で書かれたものを読むことが多い学習方法だったので、
時間的な制約がない。
つまり、スピードがなくてもなんとかなる。

ところが、しゃべるとなると、
スピードがないと、まったくついていけませんよね。

そういう、聞いてしゃべる、会話するという部分が著しく足りていないんです。
そっちが必要…というのではなくて、それが足りないんです。

ところが、それを独学でするのは不可能でした。
リスニングの音声を使って、聞いたり、シャドーイングをしたり、
ディクテーションしたり、まぁ、そのぐらいが限界でした。

しかし、時代の流れというのはすごいものです。
今や、スピーキングの練習がアプリでできるのですから。。。
実は、うちの教室でもこの春から、英語のアプリを導入します。

聞いてしゃべることに慣れると、当然、英語の総合力が上がります。
しゃべるスピードで、英語の長文が読めれば、
長文問題で時間切れなんてことも、まず起こりません。

既に、東京の都立高校ではスピーキングの試験が高校入試に導入されましたから、
子供たちも大変と言えば大変なのですが、
そういう学習環境が整ってきていることは歓迎ですよね。

毎日、家で、ネイティブの発音に触れながら、
聴いたりしゃべったり、練習することができるのですから。
十年前じゃぁ、考えられません。

英語なしで仕事ができない時代です。
私の世代でも、そういうことは起きていたのですから、
今の子供たちは、なおさらです。

ちょうど、英語教育の過渡期かな~なんて感じています。
うまく、流れに乗って進めてあげたいと思っています。
言葉の垣根が低くなると、
また一つ世界が広がりますものね。


何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

考えること

考えながら勉強している子と、
考えずに勉強している子がいます。
当然ながら、考えながら勉強している子の方が伸びます。

考えずに勉強なんてできるの?と思うかもしれませんが、
実は、こっちのタイプの子の方が多いと思います。

例えば、中1の英語。
最初のころに、aとanの使い分けを習いますよね。
そんな練習問題をしているとき、
This is a book.という答案にピンをつけて返すと、
This is an book.と赤で書いて提出する子がいます。

そもそもピンの理由は、
bookではなくてnotebookだったからなんです。

「どんなときにanって使うの?」と質問してみると、
母音の時に使うということは理解しています。
それなのに、an bookって平気で書くんです。

ウソでしょ?と思うかもしれませんが、
実は、けっこういます、こういうタイプ。
何も考えてないんです。

小学校の算数でもあります。
計算問題で、ピンをつけて返すと、
赤でもう一度計算して、
同じ答えが出ているのに平気で提出してきます。

「これ、一緒の答えになるよ、なんで?」とはならない。
「直ししました!」って提出するんです。

小学校高学年や中学校で出会う子が多いですが、
出会った時には、既にこの差はついています。

考えずに勉強している子は、
これを一つ一つ、質問しながら直していかないといけないんです。

1時間や2時間、あっという間にこれで終わってしまいます。
進むどころではない。。。

「勉強の仕方を教えてください」とよく言われますが、
一番大事なのは、これだと思います。
考えながら勉強すること。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

今、やるべきこと

それぞれの特性や能力に応じて、
今、やるべきことは、皆違います。

例えば、英語の勉強をする場合、
ざっくり、新出文法の解説をして、
「解いてみといてね~」でOKな子もいれば、

解説を丁寧に詳しくしながら、
いくつも例文を出して、問いかけを繰り返しながら、
宿題演習ができる状態まで持っていく子もいます。

後者の場合は、ざっくりした解説で終わらせると、
宿題演習は、とんでもない結果になりますし、
前者の子に、詳しい解説をしたところで、
「そんなの、読めばわかるじゃん~、時間の無駄」となるのがオチです。

集合授業の塾を利用する場合、
その見極めをすることが一番大事だと思います。
今、必要なのはどっちか。。。

丁寧に解説しながら進めてくれることが必要なのか、
それとも、読めばわかることは飛ばしてくれて、
わからないところの質問や議論に
時間を割いてくれるほうが必要なのか。

授業時間は限られていますから、
今、自分にとって必要なことをきちんと把握して、
それを提供してくれる塾に行かなくては
効果が少ないですよね。

今、自分に必要なことがきちんと見極められていると、
そのうちに成績も上がってくるものです。
まずは、それを知るところからですね。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

できること・できないこと

時々、発達障害を持つ子にも遭遇します。
専門家でもないので、試行錯誤しながらですが、
一緒に勉強を進めることもあります。

同業の友人たちとも、時々そういう話題になります。
それだけ、認知度が上がってきたということでしょう。
とはいっても、皆、手探り状態。

ひとことに発達障害と言っても、色々ですし、
同じ診断名がついていても、
一人一人、状態は違います。

さらに、診断がついて、周囲が受け止めている子もいれば、
診断を避けている場合もあります。
中には、気付いてもらっていない子も。。。

診断がついている子の場合、
「これは、できないだろう」と思われて、
放置されている部分が意外とある気がします。

「アプローチの仕方を変えれば、できるんじゃないの?」と
思えることでも、LDだからとか、ASDだからとか、
そういう理由で、無理だろうと思われてしまう。。。

もうちょっと頑張らせたら、できるようになるかも?と、
ついつい頑張らせてしまうことがありますが、
そのおかげで、できるようになることもあれば、
そのせいで、ものすごく苦痛を与えていることもあるかもしれない。。。
その境目の判断が難しい。

能力の限界、力の限界をどう判断するか。。。
しかし、そんなことを考えたとき、
これは、なにも発達障害を持つ子に
限ったことではないのではないかとも思うんです。

頑張ればできるようになることと、
頑張ってもできないことの境目。

これは、周囲が決めるものではないと思うんです。
周囲の人間にできることは、
頑張ってみることができる環境を
整えてあげることしかないんですよね。

限界を決めずに、可能性を探ること。
これに尽きると思うのですが、
これが、けっこう難しい。。。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

理解力

トップ層の子たちは、
中学内容をどんどん速く進めることがよくあります。

そうすると、「うちの子も…」と、たまに言われるのですが、
それは、そう言われて、できるものではない。。。

結論から言えば、理解力の差が、進度の差だと思います。

例えば、新しい単元の勉強をするとします。
数学なら、多くの場合、一緒に例題から入りますが、

①例題を一緒に読む。
②一緒に解いてみる。
③一人で解いてみる。

④類題を自分で解いてみる。
⑤丸付けをしてもらう。
⑥直しを一緒にする。

⑦演習問題を宿題でする。
⑧次の時間、丸付けをしてもらう。
⑨直しを一緒にする。

こんな手順で、定着に至るというのが、
よくあるパターン。

少しできる子なら、⑤⑥⑧⑨は、自分でできます。
自分でやった後、わからないことだけ質問です。

さらに、一番スピードがあるタイプは、
この中で一緒にするのは②ぐらいです。
それも、解説しておかないとできないかな?と思うようなところだけ。
あとは、勝手に自分でやって、
次の時間に、わからないところだけ質問。

つまり、授業中に一緒にやる工程を7個
自分でやってしまうのです。

進度の差は、この差です。

「私だって」と思って、やってみる子もいますが、
それ相応のレベルに達していない場合、
これができないものです。

結局、頓珍漢な解釈をして、
むしろその修正に時間が倍かかる。。。

それぞれに、今、必要なことは違うということです。
今、必要なことを端折って、ワンランク上のことをしてみても、
それはできるはずがなく。。。

一つ一つ、積み重ねるしかないのです。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

遊びから学ぶこと

「私たちは、遊びの中からいろいろなことを学んでいますが、
 それについて、具体例と意見を述べなさい。」

こんな問題を出すと、色々なことが見えてきます。

言いたいことが、きちんと文章で表現できているかどうか、
あるいは、原稿用紙が正しく使えているかどうかなどは、
これまでの勉強の中で差がついていて、
まぁ、それも採点の対象にはなるのですが、
もう一つ、大事な面白いことが見えます。

それは、きちんと遊んできたかどうか。

多くの子が、人間関係や
コミュニケーション能力について触れる中、

勉強漬けだった子にありがちなのは、
「つみ木で遊ぶと、空間図形の問題のときに有利になる」とか、
「新聞で遊ぶと、漢字をたくさん覚える」とか、・・・。

ちょっと、勉強から離れられませんかね~ww

そして、
「例えば、お友達と遊ぶ中で、相手の立場に立って
考えることの大切さを知ったなんて経験はない?」とか、言ってみると、
この手の問題のときは、
そういう答えを書けばいいのか…となるのです。

んー、これも勉強として覚えるのねー
何もかも、勉強として覚える。。。

それで、本当に大丈夫なのか?と思う瞬間。。。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

医者になりたい

ここ数年、出会う子の多くが
「医者になりたい」と言います。
世の中には、医者しか仕事がないんかい?と思うくらい。ww

田舎の子にとっては、
一番、わかりやすくて、身近で、
カッコイイ職業なのかもしれません。

その「医者になりたい」と言う子が、
皆、それ相応の準備ができているのかというと、
実際は、全くそうではありません。

中には、着々と準備を進められている子もいますが、
「これで、どうやって、医学部受けるん?」なんて、
突っ込みたくなる小学生も少なくはないのです。

小学生なんだから、いいんじゃない?と思うかもしれませんが、
決してそうではないと思っています。

中学から本気でやったとか、
高校で目覚めたとか、
小学校時代は成績が悪かったとか、

成功している学者や医者が言っているのを拾ってきて、
だから、僕も、私も、大丈夫…とか思っているかもしれませんが、
それは違うと思います。

確かに、小学校から成績が良い子もいれば、
途中から、開花したように見える子もいます。
でも、開花する子には、開花する要素があるんです。

それは、一緒に勉強していても、感じるものです。

そして、それはごく一部の子の話であって、
誰でもが、途中から開花するわけではない。
残念ながら、普通は、
出遅れたら、それを取り戻すのは並大抵ではありません。

同級生で医者になっている子たちを見ても、
小学校からある程度の成績だった子ばかりですし、
医者になってる教え子たちを見ても、
やはり、小学校の時点で準備を整え始めていた子たちです。

よほどの努力ができない限り、
小学校の致命的な遅れを中学で取り戻すことはできない。
頑張れば、そこそこのレベルにはなるでしょう。

でも、そこそこのレベルでは、
思い描いているような医学部には行けないものです。

そんな努力は、甘い考えの子には、できないものなのです。
そんなに簡単な話ではないですから。。。
少なくともそんな覚悟が本当にあるようには
到底見えない子ほど、大丈夫そうに構えてる。。。

公立小学校のプリントみたいなテストや、
公立中学校の基本問題しか出ていない定期テストで
100点どころか90点すら取れないのに、
「医者になりたい」と言ってるww

ただの夢を語っていてもいいのは、小学校低学年までだと思います。
高学年にもなれば、夢=目標であるべきです。
そうでなければ、達成はできませんから。。。

努力もせずに、夢だけ語っても達成はありません。

そして、そんな話をそういう中学生にすると、
じゃぁ、「薬学部にする」とか、「看護師でもいいか」とか、
言う子も中にはいます。

人間をなめてるの?
そんな子には、命にかかわる仕事はしてほしくないな~
患者の立場から、そう思ってしまいます。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

解く時間と直しの時間

問題を解いている時間と、直しをしている時間、
どちらが長いでしょうか?

成績が悪い子ほど、直しの時間が長くなければいけませんが、
成績が悪い子ほど逆になっています。

間違えた問題、わからなかった問題の
できない理由を追及するのが直しの時間ですが、
それが嫌いな子はとても多いのです。

でも、それをすることでできることが増えるわけですから、
本当は、それの方が充実した時間のはずなのですが。。。

わかったとき、できたときの嬉しい気持ちは、
皆、持っていると思うんです。

そして、苦労したときほど、その喜びは大きいのですが、
その体験が少ない子が多いのでしょうか。

最初は、一緒に考えてくれたり、
悩んでくれたりする人が必要なのかもしれません。
考えること、試行錯誤することの楽しさを経験するために。。。

そのためにも、やはり、教えすぎはマイナスです。

「自分で解けた」とか、「自分でできた」とか、
感じてもらうことは、とても大事だと思います。
「教えてもらった」ではなくて。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

教えすぎ

学年問わず、パパ塾・ママ塾で気をつけておきたいことの一つは、
教えすぎないことだと思います。

すぐに「わからん」と言うとか、
ちょっと躓いたら考えないとか、
親御さんからよく聞きますし、
実際に、そういう子はとてもたくさんいます。

多くは、わからないと思ったら、
答えにたどり着けるところまで、教え過ぎられてきた子たちです。
あるいは、全く放置されてきた子たちであることもあります。

どちらのタイプも、自力で試行錯誤することがとても苦手なのです。

「わからん」とか「教えて」とか言われると、
ついつい手取り足取り教えたくなるのもわからないではありませんが、
それでは、自力で何とかしようとする力をそいでしまいます。

個別指導の塾でも、これはよく起きています。

「わからん」→教えてあげる、ではなくて
「わからん」→質問、だと思います。

「どこから?」
「何が?」
「どんな問題?」
「意味わからん言葉ある?」
「どこまで分かる?」
「何かしてみた?」
「そしたら、どうなった?」
「何がわかったら、答えが出そう?」

質問してみるべきことは山のようにあります。
そして、そこまで、どのような経緯をたどって、
「わからん」となったのか、
それによって、その次に教えるべきことは変わってくるはずなのです。

おそらく、先生に質問したら、質問攻めにされるから、
これは聞かないでおこう。。。なんて子も、中にはいると思います。

残念ながら、そう思ってしまう子は、
その程度にしかできるようにはなりません。
質問せずに教えたところで、ほとんど変わらない結果でしょう。

私、実戦演習に入れば、質問に対しては、ほぼ質問しかしません。
もちろん、考えるヒントとなる質問を忍ばせていますが、
考えて、頭と手を動かすのは生徒です。
そうでなければ、できるようにはなりません。

教える側だけが、頭を使って、説明して、
生徒は、「ふ~ん」って聞いてるだけでは、ダメなんです。
その時は、「あ~!わかった~!!」とか言っても
自分の手と頭を動かしていないと、すぐに忘れますから。

ものすごく時間はかかります。手間もかかります。
解説をパパッとしたほうがよほど多くの問題を解けます。
しかし、質問攻めの方が結果的には効率が良いはずです。
最終的にできるようになる問題は、こちらの方が多いですから。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(最後に)

低学年の間に気をつけておきたいと思ったことを、
思いつくままに書いてきましたが、
少しはお役に立つことがあったでしょうか?

もちろん、これもただの一例にすぎませんので、
必要なところがあれば、
それだけを上手にピックアップしていただければと思います。

能力も性格も十人十色ですから、
どの子にも同じ方法ではうまくいかないのが当たり前です。

兄弟、同じようにしたのに…(どちらかがぱっとしないww)
なんてことが起きるのはよくある話。
「同じようにした」から、どちらかがうまくいかなかったのでしょう。
兄弟でも違いますからね。

遺伝子も環境も似た状態でもこれですから、
どっちも違えば、なお違うはず。。。ww
だからこそ、よ~く観察&試行錯誤の日々なのです。

ただ、
勉強に対する習慣を一番つけてしまいやすいのは
小学校入学後だと思います。
生活が、というか、気持ちが激変しますものね。

だからこそ、パパ塾・ママ塾の力が大きく作用するのは低学年です。
微力ながら、パパ塾・ママ塾を応援しています。
私も、ママ塾で育ちましたから。ww



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その9)

中学受験を考えている場合、
塾っていつから行けばいいのかしら?と思われることは多いと思います。

近頃、どんどん低年齢化してきていて、
小学校低学年から受験コースがあるような塾も珍しくなくなりましたから。

結論から言えば、これは様々だと思うんです。
極端な話、小1から行っている子もいれば、
小6になってようやくという子もいます。

小1から行っていれば受かるわけでもないし、
小6からでは落ちるわけでもない。
いつから行っても、受かる子は受かるし、落ちる子は落ちます。

もっと言えば、塾に行かなくても、受かる子だっているものです。
もちろん、親御さんのサポートあっての話ですが。。。

ただ、余裕を持って準備ができるということを考えれば、
小4からは行っておいた方が楽かもしれません。

中学受験のカリキュラムとしては、
多くの大手塾は、小5の終わりまでに小学校内容をさっと終わらせます。
小5から通って、その1年間で、小5・小6の2年分を受験レベルでしようと思えば、
これはなかなか大変なものです。

小4から、通って、小4・小5をかけて、小6までの3年分を終わらせる方が、
スケジュール的には余裕があります。

小学校内容は全て学習したうえで、
小6は、実戦に向けて発展演習をしていく塾が多いですから、
簡単な受験レベルなら、家庭でできる場合は、
小5までに家庭学習で済ませておいて、小6だけ通塾というのもアリですね。

家庭でできることもそれぞれ違っていますし、
どのレベルで合格したいかというのも違いますから、
一概には言えません。

確実に言えることは、通塾するまでに、
基本的なことはしっかりとできるようにしておくべきだということです。

文字を丁寧に書くこと。
はきはきと喋れること。
学校内容は確実にできるようになっていること。
集合授業で説明されたことについていけること。
板書や解説からノートをきちんととれること。

「ちゃんとしなさいよ」ではなくて、
いちいち具体的に、一緒にやってあげることからスタートです。

大人の「ちゃんと」と、子供の「ちゃんと」は往々にして違っていますから。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その8)

勉強から離れたことだと思われるかもしれませんが、
低学年のうちこそ、
お父さんやお母さんのお手伝いをしっかりしてほしいと思います。

意外と勉強ができる子の方が
小さいときにお手伝いをしっかりしている子であることは多い気がします。

お手伝いをするときに、お父さんお母さんから吸収していることは、
実はとても多いんですよね。

黙ってお手伝いをすることはないでしょうから、
お話をするのが上手になるかもしれません。
やり方の説明を聞いて、できる力がつくかもしれません。
逆に、説明をするのが上手になるかもしれません。

お料理をしながら、産地の話や気候の話をするかもしれません。
スーパーのセールの話をするかもしれません。
もっと楽にできるように何か工夫をするかもしれません。

机に向かってするのではないたくさんのことを吸収できるのです。
勉強ができる子って、家ではとってもおしゃべりな子が多いんですよ。

何もかもを机に向かってするのではなく、
他のことを大事にすることで、自然に身についていることが多いのです。

特に城ノ内中学の適性検査でよく問われるようなことって、
日常生活で身についていることも多いんですよね。
それを全部、机に向かって覚えるような子は、
なかなか難しいなという実感はあります。

低学年こそ、これが大事だと思います。
もちろん、勉強の習慣をつけることは必須ですが。。。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その7)

色々な子たちと一緒に勉強をしていると、
理科が苦手な子が増えてきている気がします。

やむを得ず、時々理科も一緒にすることがありますが、
実生活の中のことと理科で習うことが結びついていないことに
驚かされることがよくあります。

私自身を振り返ると、
小さいころに、多く自然に触れていたことが良かったのかな?
と思ったりもします。

以前にもブログに書いたことがあると思いますが、
山や川や海に遊びに行くことが多かったですし、
父は教育には不熱心でしたが、超自然派だったので、
遊びの中で、植物のことや自然の知恵のようなことは
うるさいぐらい聞かされていた気がしますww

4つ年上の兄がいるおかげで、
理科で出てくるずっと前から、
天体望遠鏡や顕微鏡はおもちゃでしたし。。。
もちろん、小学生用のしょぼいやつですが、
それでも慣れ親しむには十分でしたね。

理科で習うような植物は、たいてい触ったことがありましたから、
植物名を取り立てて覚えた記憶はないのです。
野性児です。ww

実際に触れているものや経験していることに
理論の裏付けをしてくれるのが理科の授業だったわけですが、
その触れているものや経験していることがない場合、
全てが、勉強として覚えることになるのです。

机に向かって、植物の写真と名前を突き合わせて、
一生懸命覚えているのを見ると、
なんだか大変そう~と思ってしまいます。

幸い、徳島にはまだまだ自然がたくさん残っています。
海も山も川もあります。
設備が整ったレジャー施設もいいですが、
本当の自然に触れておくのも大事だと思います。

これこそ、低学年のうちに
たっぷり吸収しておきたいことのような気がします。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その6)

例えば、家で勉強を一緒にしていて、
「これ、習ってない」と子供が言ったとします。
どうしますか?

A「じゃぁ、習ってからにしよう。」
B「じゃぁ、一緒に考えてみよう。」
どっち?ww

おすすめはBです。
なぜなら、習わなければ何も出来ない子にはなってほしくないからです。

高学年になって、あるいは、中学生になっても、
「これ、まだ習ってないから…」(やらない・できない)
という子はたくさんいます。

その中には、本当にきちんと習わなけでばできそうにないこともあれば、
それ、習ってなくてもできるでしょう?ということもあります。

それ、習ってなくてもできるでしょう?ということにも、
手を出さない子は本当に多いんです。

一方で、「ちょっとやってみたけど、これ、意味わからん」と、
きちんと習ってなければできそうにないことでも、
一度は手を出してみてから、質問に出してくる子もいます。

習ってないことはしなくてもいいという考えはないのです。
こうでなければ伸びません。

「習ってからでいいよ」という一言の持つ意味はとても大きいと思うのです。

人生、未経験の出来事が起きるのなんて
珍しいことではありませんよね。
未経験のことにも、持ち合わせている知識や経験を総動員して、
柔軟に対応できる子になってほしいと思います。
そのためには、「習ってからでいいよ」という言葉は禁句だと思うのです。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その5)

今日は「家の勉強」の量のお話。

今日やることは、勉強を始める前に決めておくべきでしょう。
勉強をやっている間に、量が増減しないことが大事だと思います。

例えば、プリントを8枚しようと予定しました。
1時間ぐらいかかると思って予定していたのに、
40分でできてしまったとします。
どうしますか?

「じゃぁ、こっちもやっとく?」はダメです。
「速かったわね~ じゃぁ、終わり!」が良いのです。

速く仕上げて、量が増えると、
一生懸命速く仕上げても、量を増やされるだけでしょ?につながります。
子供にとっては、頑張る意味がないのです。


では逆に、
1時間かかる予定だったのに、1時間半たってもまだ終わらないとします。
どうしますか?

「もう、今日はいいわ」はダメです。
まぁ、状況にもよりますが、
最後まで仕上げるように応援してあげるのがベストです。

やるべきことはやらないと終われないということを
知っておいてほしいのです。
時間がなかったからできなかったと言い訳する子にならないように。

おそらく、毎日勉強を見ていると、
1時間でできる分量はだいたいわかると思います。
だから、大幅にオーバーしたり、
大幅に少なかったりすることはないように、量を決めます。

そして、それが終わった時点が終了です。
時間より早くても、遅くても、完成したら終わり。

時間ではなくて、量で決めることが大事だと思います。
できるようになるために、やらなければいけない量というのは、
ある程度決まっています。

ところが、同じ量をするのに、ものすごく時間がかかる子もいれば、
かからない子もいるのです。
能力の差も多少はあるでしょうけれど、
子供の場合、集中力の差が大きいと思います。

大人の仕事だって同じですよね?
残業ばかりしている忙しそうな人と、
残業をちっともしない人の仕事量を比べると、
実は、残業していない人の方が、たくさん仕事してたなんてことは、
よくあるのではないでしょうか。

子供の勉強も同じ。
勉強時間が長い子の方が、やっている量が少ないというのはよくあります。

そういう子は、たいてい、だらだらといつまでも座っています。
特別に何をして遊びたいというのもないようです。
だから座っていることは、別に苦痛ではない。
小さいころから、いっぱい勉強ばかりさせられてきた子に多い気がします。
生活にメリハリがないのです。

最初に肝心なのは、時間ではなくて、量を決めることだと思います。
頑張った分、早く終わって、自由時間が増えるとなれば、
メリハリのきいた生活になります。

学齢が上がるにつれて、
自分で考えて、要領よく勉強できるようになるでしょう。

やるべきことは、集中してさっさとやって、
遊びの時間もたっぷり持つ。
思いっきり遊ぶことだって、
子供の大事な仕事の一つですから。。。

遊んでいない子は、伸びしろが少ない気がしています。
ゆとりやユーモアがあって、柔軟に物事に対応ができ、
豊かな発想力を持つためには、
やはり、しっかりと遊んでいることが大事なんじゃないかと思っています。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その4)

「家の勉強」は、どのようにすればよいでしょうか?
実は、これで失敗している例もよくあります。
気をつけたいのは、そのやり方と量です。

まずは、やり方から。。。
この時点で、勉強のやり方の基本を
きちんと身につけたいものです。

例えば、漢字のプリントをしたとします。
解いたらすぐに、お母さんが丸付け。
一緒に直しをして、間違えた漢字を覚えます。

間違えた漢字は必ず、翌日もう一度確認テストです。

数週間たったところで、再び確認テストです。

つまり、間違えたことがある漢字は、
翌日や、数日後に、何度も確認テストで、
できるようになっているかどうかの確認をするのです。

この作業をしみこませておけば、
大きくなったときには、勝手にやり始めるでしょう。
私もそうでしたから。。。

よくやってしまうのが、
翌日、また全問テストをすること。

できるようになっているのは、
翌日やっても、たいていできますから。。。

その中に、もしかすると間違えるものがあるかもしれません。
でも、それを見つけ出すことよりも、
まずは、できないやつだけを繰り返すということを覚えてもらうことが大事です。

子供側からすれば、
できればできた分だけ、もう一回することが減るわけです。
一発で正解してやろうって気にもなります。

ところが、また全問解かされると、
どうせ、正解してもまた解かされるんだろう?と思います。
間違えても正解しても、やることは変わらないのです。
これ、だらだら勉強する子によくあります。

とにかく、できないことだけを拾い出して、
それだけを、繰り返すのです。
そのやり方を、しみ込ませるのです。

そのうち、大きくなって、
一回目で正解していた問題がテストに出て、間違えた時、
最後の仕上げにもう一回、全問解いておこうかと自分から思います。
そういうものです。
それで十分ですよね。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その3)

高学年になっても、学校の宿題しかしない子はとてもたくさんいます。
公立の場合、大した宿題も出ないのに。。。

勉強しなさいと言ってもしないと、よく聞きますが、
これは、導入期の失敗が一つの大きな原因だと思います。

そもそも、学校の宿題しかしない子は、
小学校に上がった時から、「家の勉強」というジャンルがないのです。

これまでなかったジャンルが、
いきなり、高学年になって登場しても、
これはなかなか難しい。。。

今まで、やる習慣にもなかったことが急に増えるのです。
しかも、内容が少々難しくなったところで。。。
やりたくなくて当然です。

それができる子はどうしているのか?
小学校に上がった時から「家の勉強」というジャンルがある子が多いと思います。

小学校に上がった時というのは、
一番、色々なことを激変させられる時だと思います。

その時から、きちんと「家の勉強」というジャンルを作っておくべきなのです。
学校で習ったことを、きちんと定着させるための演習や復習。
これが家の勉強の大事な部分のひとつです。

学校から帰ったら、まずは宿題。
それから、家の勉強。
これは1セットです。

小学校1年生から、そういうものだと思ってやっていると、
高学年になっても、それは当たり前のこととして受け止められます。

ところが、学校から帰ったら、まずはお友達と遊ぶ。。。
そんな習慣が出来上がっていたら、
高学年が来たから、勉強しようったって、
それはなかなか難しいものです。

一番簡単に導入してしまえるのは、
入学時だと思います。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その2)

小学校に入っても、
ついつい「まだ1年生だし…」と思うことはよくあると思います。

例えば、今日は体育の授業があるのに、
体操服を忘れて行ったとします。
どうしますか?

学校へ届けるというお母さんも少なくないと思います。

でも、それ、ちょっと待ってください。
忘れて行ったのは、自分のミスなのですから、
まずは自分で責任を取るべきだと思います。

先生に申し出て、叱られるかもしれません。
大好きな体育の授業を受けられないかもしれません。
つらい思いをして帰ってくるでしょう。

でも、その経験をすれば、次からはきっと気をつけられるはず。

ところが、本人が気づいてもないうちに、お母さんが届けたらどうでしょう?
何事もなかったように、授業を受けて帰ってきます。
それで、本当にいいでしょうか?

たかが体操服ぐらいで・・・と思うかもしれませんが、
子供にとっては、けっこう重大なことですよね。

実は、高学年になっても、
授業に忘れ物をよくしてくる子が時々います。
お母さんが、当たり前のように届けに来て、
子供は当たり前のように、お礼も言わずに受け取ります。

「そこ、ありがとうって言うところちゃうの?」と、
思わず言ってしまいますが、意外と、上位層にもいます。
勉強以前の問題でしょう?という感じですね。

でも、日常のちょっとしたことの積み重ねだと思います。

自分の行動は自分で責任をもつものだというスタンスで接したいものです。
「まだ小学生だから」ではなくて、「もう小学生だから」です。
もちろん、子供の手に負えないときは、大人が尻拭いをしますが、
でも、最初から手を出すのはどうかと思います。

まずは、自分でやってみることを経験させてあげたいものです。
誰かがやってくれるのが当たり前と思う子にならないためにも。。。


大学受験にお母さんが同行するというのは、
よくある話で、年々増えている気さえします。
まぁ、近年はコロナのこともあるのでやむを得ない部分もありますが。

「道がわからないかもしれないから」
「朝、起きられないかもしれないから」なんて、
たいていは言います。

でも、合格したら、これからそこで一人暮らしを始めるのです。
道順の下調べもできないなら、受けるなと言いたい。

だいたい、入試の日の朝、
一人で起きられないくらいなら受ける資格はないでしょ?と思いませんか?

でも、高3にもなって、こういう子は本当にたくさんいます。

そんな風にならないためにも
小学校に上がった時の第一歩は大事だと思います。



何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 

低学年の間に(その1)

「受験奮闘記」なんて名前を付けたブログだから
高学年~中学生の親子が読んでくれていると思いきや、
幼稚園~小学校低学年の親御さんも意外と多いようです。

それならば、せっかくなので、
低学年のうちにやりたいことを書いてみようか…と。ww
しばらくの間、思いつくままに書いてみたいと思います。

もう既に、その時期を過ぎられた方は、
「そうそう、やったやった」と思われることもあれば、
「そんなこと、やってないな~」と思うこと、
「それ、やっておけばよかった」と思うこともあると思います。

なんといっても、
低学年ほどパパ塾・ママ塾の力が大きい時期はありません。

高学年の子たちや中学生たちと勉強をしていて、
低学年で、きちんと親御さんがやってくれてるから、
こうなってると感じることはよくあります。

逆に、低学年で、できてない分が、
今になって出てきてると感じることもよくあります。

これからの方たちは、それを参考に、
もう過ぎた方たちは、今からリベンジ(?)。
どちらの参考にもなるかな?と思います。




何かお役に立てたら、クリックお願いします!
にほんブログ村 受験ブログへ 
プロフィール

自律学習ゼミ

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、ホームページをご覧ください。
2023.5.17.

自律学習ゼミHP
https://jiritsu-gakusyu.jimdosite.com/


お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
ブログランキング
何かお役に立てたら、
クリックお願いします!

にほんブログ村 受験ブログへ
にほんブログ村


受験 ブログランキングへ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブログ村