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必要な無駄、不要な無駄

無駄を省くことは大事だと思いますが、
一見無駄に見えて、実は必要なことってあると思いませんか?
「必要な無駄」ってやつです。

例えば、自主勉ノートに単語を一行ずつ書き連ねる時間は、
「不要な無駄」だと思います。

しかし、難問を何時間も考えあぐねる時間は、
「必要な無駄」だと思います。

誰かに教えてもらったら、あるいは、解説を読んだら、
5分で片付く問題を、
ああでもない、こうでもないと、あの手この手を使って、
1時間考える。。。

結局、わからずに、誰かに聞いたり、解説を見たりしたとしても、
この考え抜いた1時間は、無駄な時間ではないと思うんです。
むしろ、貴重な時間だと思います。

ただ、ぼ~っと、問題を眺めているような考え方では、無駄な時間です。
でも、手を動かし、頭を使い、考え抜いた1時間なら、貴重な時間です。

どうせ、誰かに教えてもらうなら、さっさと教えてもらえば、
その1時間で、もっともっと問題が解けるかもしれません。
でも、その1時間よりも、もっと実りのある1時間だと思います。
必ず、次へ繋がります。

ところが、単語を一行書き連ねるような「不要な無駄」を平気でやる子ほど、
この「必要な無駄」の時間を嫌うものです。

そして、この「必要な無駄」の時間を好む子は、
「不要な無駄」の時間を嫌います。

あなたの無駄は、「必要な無駄」ですよね?

( N )

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返答のスピード

伸びる子は、返答が速いことが多い気がします。
授業中、「これ、どうやった?」という質問はよくします。

間違えている問題は、
どうやって考えて、どんなことをしたかを教えてほしいからです。

やってしまった内容によって、しなければいけない解説は違ってきますから、
とても大事な質問です。

で、「これ、どうやった?」って質問するのですが、
そうすると、「えっと、これは、」とすぐにやったことを話し始める子もいますが、
「・・・・・。」沈黙の子もいます。

正しいやり方を聞いてるんじゃなくて、
あなたが実際にやったことを教えてほしいだけなんだけど?
やったこと、忘れたとか?
そんなことないよなぁ。。。

とか思いながら、待ちますが、
結局、最後まで話さない子もいますし、
「忘れた」とか言う子も、中にはいます。
そして、無駄な時間が流れる。。。

質問の意図は、みんなに話しているのですが、
それでも、長~い沈黙がなくならない子もいます。

仕方なく、解き方を順に説明していきます。
ただ説明するだけでは、そういう子は頭が回っていないので、
随時質問をはさみながら説明するのですが、
その質問に答えるのにも、時間がかかります。
とにかく、テンポが悪い。

そして、結局、自分がどこで間違えていたのかが、
明確になっていないので、
また間違える可能性も大いに残るわけです。

一方、すぐに話し始める子は、
自分がやったことを話しながら、
「あっ、ここ、ちゃうな。」なんて、途中で勝手に気付くこともありますし、
途中で違ってしまったポイントをこちらでも指摘できます。

そうすると、「あ~、ここか!」って、納得できます。
もちろん、納得できないとこは、
「でも、これって、こうではあかんの?」みたいに質問してきます。

ダメな時は、ダメな理由を、
お勧めできる方法ではない時は、お勧めできない理由を、解説していきます。
当然、次回は間違えずに効率よくできる確率が上がります。

もちろん、こういうタイプの子は、
質問には即答します。
テンポよく話も進むので、量も捌けていくのです。

ちょっとしたことですが、
大きな差が生まれています。

成績のいい子だけが即答しているわけではありません。
即答する子は、成績が上がる子だと思います。

だた、即答できるのに、成績が悪い子は、
継続ができない子だったりします。
難しいですね。


( N )

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意識の問題

私は基本的に、授業中には、演習問題を解く時間を、
極力作らないようにします。
もちろん、確認のためのチェックテストはしますが、
定着のための演習は、授業中にはしたくない。

演習&定着は、一人でできることですから、
家で勝手にやっておいてほしいと思っています。
もちろん、一人でできる状態にしてから、授業は終えます。
演習&定着のために問題を解いているところを
横で眺めていても、無駄だと思っています。

もちろん、それが必要なレベルの子たちもいます。
でも、最終的には、自分でできることは、
家庭学習でできるようになってほしいと思っています。

だから、極力そういう時間は作りません。
それが、マンツーマン中心で受ける理由の一つでもあります。

例えば、2対1ならば、逆に必ずそういう時間が必要になります。
左の子が解いている間に、右の子に解説。。。みたいなのが、
普通の個別のやり方ですから、解いている時間が必要なのです。

しかし、それでは、濃密な時間が作り出せませんから、
個別のデメリットをそのままデメリットとして残してしまいます。
(まぁ、これも、時と場合にはよるのですが。)

個別のデメリットを少しでも解消するためには、
とにかく、授業時間は濃度を濃くして、一人でできることはしない。
一人でできないことしかしない。
これが、ずっと守ってきた私の基本の方針なのです。

ところが、演習&定着を宿題に出しても、それをしない子もいます。
そうすると、次回の授業では、次へは進めなくなるわけですから、
演習に付き合わなければならない。

しかも、数日~一週間のブランクが空いているわけですから、
すっかり、忘れてしまっていたりする。
そうすると、再び説明から入って、
演習問題を解いているのを眺めていなければならない。

あー、もー、どうしてそんなにもったいないことをするのよ!って思います。
これなら、集合塾へ行った方が良いです。
同じ費用で時間が長いですから。

でも、しっかりと、これを生かせる子たちもいます。
一人でできることは、ことごとく、家でやってきてくれる子たちです。

そして、それができるようになってきた子たちは、
自分主導で、勉強を進められるようになってきた子たちです。

例えば、テスト前には、テスト範囲以外の勉強は控えますよね。
さすがに、私も、テスト前に先取り学習の宿題は出しません。
「いったん、止めようか」と、テキストも止めます。

そうすると、問題は、テストが終わったあとです。

そのまま、言われるまで放っておく子もいれば、
「暇になった~」とかなんとか言って、勝手に再開してくる子もいます。

勝手に再開できる子は、自分主導で動き始めている子です。
いちいち、「今回の宿題は何ページから何ページまで」なんて言う必要はありません。

解説&例題を一緒にやったあとは、
「ここまで解けるな」と、自分で確認してから帰ります。

たくさんあるときは、自分で加減しながら、適当に仕上げていってくれてます。
当然、かなりの量がこなせるので、週2回やっている子なら、
十数冊のテキストを同時進行します。

もちろん、全てを毎日、毎回、触るわけではありません。
全てのテキストを私がチェックするわけでもありません。
しかし、メインの数冊を軸に、自分でうまく回せるようになってきます。
「あれ、どうなってる?」なんて、
あまり登場していないものがあるときは確認したりはしますが、
その程度の確認で、大丈夫なんです。

そんな風に勉強でき始めると、十分に自分主体で勉強を進められます。
トップクラスの高校生になれるでしょう。
逆に、そういう意識で勉強が進められない子は、
高校がきたら落ちていきます。

言われたことを言われたようにやっていれば、
中学は何とかなるかもしれませんが、高校はそうはいかないからです。

だからこそ、そういう能力を持っている子には、
できるだけ、そうなって卒業してほしいと思っているのですが、
これが、なかなかそうはいかない子もいるんです。

意識を改良するというのは、一筋縄ではいきませんから。。。

しかし、考えてみると、うまくいって卒業を迎えた子たちは、
はじめから、ある程度そういう意識を持っていた子たちかもしれません。
やっぱり、その辺も家庭力かな。。。とも思ってみたり。

はじめからできる子なんていません。
でも、そういう意識をどこかに持っている子は、
徐々にできるようになってきているようにも思います。

私が、手出しできる部分なんて、微々たるものです。


( N )

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比べること。真似ること

人と比べるのは良くないと、よく言われますが、
私は、生徒によく他の生徒の話をします。

具体的に特定の人を…というわけではありませんが、
その子が目指しているレベルの子たちの話をします。

比べることって、大事だと思うんです。

自分が目指しているレベルの人たちがやっていることと、
今、自分ができていることを比べて、
何が、どう違うのかを知ることって、とても大事だと思うんです。

やはり、同じくらいの成績の子は、同じようなことをしています。
同じくらいやっているから、できて、
同じくらいさぼっているから、できないのです。

自分がそうなりたいと思っている人の真似をするのは、
一番の近道です。

真似をしているうちに、自分流が見つかるものだと思います。
いきなり、自分流では、なかなかうまくいかないものです。
周りをよく観察して、真似をしてみるのも一つの手段だと思いますよ。

( N )

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自主勉に思う

小・中学生がよくやらされる宿題に、自主勉ノートがありますよね。
「1日1ページ以上」ってやつです。

私、これ、大っ嫌いなんです。
もちろん、私の子供時代にもありました。
小学校のころは、けっこうアホみたいな自主勉ノートを出していた気もしますが、
中学は、あまり記憶がないんですよね。

そもそも宿題がなかったのか、
それとも、その日にやったことを適当に出していたのか。。。

それ自体は、別に悪くはないと思うのですが、
自主勉ノートって、ほとんどの子が、漢字や単語を書き連ねて出していませんか?
あるいは、授業のノートを丸写しとか。。。

時々、見つけちゃうんですよね、
漢字や単語を一行ずつただ書いてるだけのノートを。

暗写の宿題できてないのに、
なんでそんなことするのよーって感じです。

暗写のチェックテスト、自主勉ノートにすればいいと思うんですよ。
赤で直して、何度も。

単語、一行書いて覚えますか?
一行書かなきゃ覚えませんか?

1回書いて覚える単語もあれば、
30回書いても怪しい単語もあるんじゃないですか?

一行書き連ねることに何の意味があるでしょう?

しかも、そのノートをよく見ていると、
その一行書き連ねているページの方が、
評価が高いんですよね。途中からスペル間違ってるのに。

つい言っちゃいました。
「私だったら、こんなページには、最低の評価しかつけんけどな」って。
「こんな意味のないことするなー!!って書いて返してやるわ」って。
「こっちの暗写とかチェックテストとかしてるページを評価するわ」って。
学校の悪口、言わないようにとは思ってるんですが、ついつい。。。

だって、ダメなやり方の方を高評価にされると、
それでいいんだと思いますよね、子供は。

自分がやらなくてはいけないことをやって、それを出せばいいだけで、
わざわざ見せるために、
時間と労力の無駄遣いをする必要はないと思うんです。

どうして、見せるための勉強をするかなぁ?
そんな暇があるなら、遊びたいって思ってほしいのです。


( N )

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経験の価値

前回、アナログ的な経験は、生きるための自信になるというお話をしました。もう少し突っ込んで考えてみましょう。

経験で得た知識は長い間記憶に残ります。買い物や移動はもちろんですが、見る聞く匂う触るといった五感で覚えたことはなかなか忘れません。百聞は一見にしかずです。

季節ごとの野菜や花も、形や大きさはもちろん旬の時期もだんだんわからなくなってきています。月・惑星や星座も自分で見ることが少くなってきました。オール電化と禁煙化で家の中から火がなくなってしまった家も多いと聞きます。

こういうことはもちろん理科の基本的な理解につながるのですが、最近妙に理科が苦手な子供が多い気がして、気になってしまいます。

今さら昭和やそれ以前の不便な生活に戻ろうなどと言う気持ちはありません。現代の便利な暮らしに感謝し甘えつつも、基本的なことはちゃんとおさらいしといたほうがいいなあと思うのです。

そして、そういう経験を子供にさせることは、子供が親を信頼することにつながるはずです。
長い距離を移動させる、時計を意識しない時間を設ける、火で何かを燃やす。そんな経験をさせてくれて見守ってくれていたら、子供は自分を信じてくれたと感じて、親をありがたいと思うし信頼もしてくれるでしょう。
それが経験を積むことの、もう一つの大切な一面だと思います。

経験は信頼につながります。経験させてくれた人に対しても、また、それをやりこなした自分に対しても。

  ( K )

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生活に基づく経験

世の中は少しずつですが確実に変化していきます。気がつけばいつの間にか、ゴロッと変わってしまった事もたくさんありますが、特に買い物の様子が近年大きく変わってきました。

ネットでの買い物は当たり前になり、クレジットカードなどで支払って宅配便で受け取るのも、特別な事をしているという気持ちがなくなってきました。
実店舗で買い物する場合でも、キャッシュレスが当たり前になりつつあり、現金でもセルフレジ化されて、お釣りを考えたり確認することをしなくなりつつあります。

しかし算数の問題の中には、買い物をして、お釣りはいくらとか何個買えるかとか、298円の物を4個買うときの計算の工夫とか3人でお金を出し合って何個買ったらいくら足りないとか、そんな問題が山ほどあります。はたして子供のイメージはついていっているのでしょうか?

現金で買い物をしなくなっている子供はどんどん増えています。これからは問題の方が変わるのかもしれませんが、急激に変わるということはないでしょう。

ことはお金の支払いだけではありません。移動の仕方も変わっています。長い距離を歩いたり自転車で移動したりということも、徳島ではどんどん減ってきていると思います。また、帰りに道草を食うということも減ってきているようです。
教科書や問題集の中には昭和の頃の当たり前がいっぱいですが、便利だから、危ないから、速いから、などと言っているうちに、行動は大きく変わりました。

昔は自然にできていた、今ではアナログとも言える経験は、相当意識してやらないとできなくなってきています。しかしそれはどんなに便利な時代になっても、人として大切な必ずやっておかなければいけないことだと思うのです。そしてそれは、テストでいい点数を取るためにやるのではなく、生きるための自信として、必ずクリアしておくことなのだと思います。

  ( K )

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ハプニング

あるとき、ある生徒が、こんな話をしました。
友達が、テストで解答欄をずらして書いてしまい、
気付いたときには残り時間が5分だったために、
何もできなかった、と。

なんということでしょう。
そのときの様子を想像しただけでも恐ろしいですね。

そこで、質問してみました。
「それが、もしあなただったらどうする?」

直せるところまでは消して直すけれど、
間に合わないと思うと言うのです。

「じゃぁ、間に合わない分はどうするの?」
「・・・、しかたがない」

えっ!!そんなにあっさりと捨てるの?
と、驚いてしまいました。

さらに、
私に話す数日前の出来事のようだったので、
「自分だったら?」と考えていなかったことに驚き、

次に、それを家族に話したのか、話していないのか、
それも気になり始めました。

中学生の私なら、きっと、家に帰ってすぐに母に話したと思うんです。
そして、自分だったら、こうするという話も。。。
仮に、それは考えていなかったとしたら、
「自分だったらどうした?」と母に質問されているでしょう。

そんなことを考えながら、そんな会話をして、
もう少し粘る方法をあれこれと話し合ったのですが、
今度は、他の子たちも捨てるのだろうか?と気になり始めました。

そこで、何人かの子たちに、質問してみたんです。
「あなただったらどうする?」と。

おもしろいくらい色々な答えが返ってきました。

とりあえず、手を挙げて先生に言ってみる。
解答用紙が余ってたら、新しいのをもらえるかもしれないから。
そうしたら、消して書くより早い。
(優しい先生にたくさん遭遇してるのね~)     

配点が高そうなところから書き直して、
間に合わないところは捨てる。
(捨てちゃうのか・・・)

問題番号を書きかえる。
答えを書くよりは早いから。
(確かに。でも一言添えてほしいなぁ。)

矢印を書いて、
横に、「一つずつずれてます」って書いておく。
(それも手間がかからないわね。)

先生に事情を話して、
不正がないか見張ってもらって書き直させてもらう。
(書き直させてくれなかったら、「鬼!」って言うらしいww)

などなどなど。。。


「間に合わんかった分は、諦めて捨てる?」という質問にも、
「それはない」と即答した子もいれば、
「しかたがない」と答えた子もいて、
逆に驚いてしまいました。

そんなにあっさり捨てずに、
なんとかする手を考えようよぉ~

何も手を施さなければ、そのまま確実に点はないけれど、
何かしておけば、
もしかしたら、できてることは評価してくれるかもしれない
とか思わないかなぁ?

可能性が1%でもあったら、やってみないかい?

もちろん、あってはならないミスだけど、
ミスしてしまった時の、対処の仕方も大事だと思いますよ。
ミスしない人間はいないのだから。

( N )


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吸収力

昨日の課題作文の続き。

社会の現実の厳しさに直面して、
自分が思い描いていたほど甘くないことを実感したから、
功績を上げたいと考える人の割合が減っているのだろうと考えたり、

働くことの意義を考えずに、働いている青年が多いから、
社会に尽くしたいという気持ちが少ないのだろうと考えたり、

中学生の課題作文としては、
妥当な意見だと思うのですが、
こんな風に作文に表現できた子も、
いきなり、自分で思いついているわけでは決してないのです。

作文を読みながら、「へ~」なんて言うと、
「よく似たこと、道徳の授業でやったことがあるんです」と
照れくさそうに言ったりする。

評価すべきは、
その経験を自分のものとして吸収していることだと思うのです。

おそらく、「精神年齢が低い」なんて意見を書いた子も、
「こういう考えもあるよね?これ、今度の課題作文のテーマだからね。」
と言われると、覚えて書けるはず。
でも、「こういう考えもあるよね?」だけで終わっていたら、どうでしょう?
こういう子の場合は、「ふ~ん」とか「へ~」とかって過ぎて終わりになるように思います。

つまり、同じ経験をしても、
それを自分のものとして吸収できるかどうかの違いはあると思うんです。

机に向かってする勉強だけでは、身につかない力って、
色々ありますよね。

( N )



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課題作文

資料をもとに、課題作文を書いてもらうことがあります。
基礎学や高校入試では、必ず課題作文が出題されるので、
その練習も兼ねて、時々。

同じ資料を見せて、感じたこと、考えたことを述べてもらうと、
色々なことが見えてきます。

青年に対するアンケートの資料を見て、書くとします。
高校生の世代と、大学生くらいの世代との調査です。

社会で成功したいとか、功績を上げたいとか思っている人の割合も、
社会のために尽くしたいと思っている人の割合も、
大学生世代の方が少なくなっています。

そんな資料を見て、感じたこと、考えたこと。。。

・年齢が上の人の方が社会に尽くしたいと思っていないなんて、
 精神年齢が低すぎる
・社会の一員としてもっと自覚を持ってもらいたい

なんか、ちょっと上からすぎませんかーww
って言いたくなるようなことを書く子もいますが、

・年齢が上がると、社会の現実が見え始めて、
 自分が思い描いているほど甘いものではないと感じるのではないか

そんなこと、考えてるんだぁ…と思うことを書く子もいます。

そうかと思えば、何も書けなくて、止まってしまう子もいます。
何も感じないのか、
あるいは、何かは感じているけれど表現できないのか。。。

成績がよくても、書けない子は書けないのです。
感じたり、考えたりできない子は、書く能力があっても書けません。

逆に、意外としっかりとした考えをもっているのに、
それをそのまま表現することができない子もいます。
的確な言葉が見つからない、どう書けば伝わるかがわからない、
書く能力の不足です。

どちらが欠けていても成立しないわけです。

何かを感じられること、
それについて、客観的に考えられること、
そして、それを考え通りに表現できること、
こういうのは、机に向かって勉強するだけでは
身につかない部分も多いと思います。

でも、とても大事な力ですよね。

( N )


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わからないという感覚

幸いに、私自身は、「わからない」という感覚を持っていたので、
この仕事を始めるまで、
そういう感覚がない子がいるということは知りませんでした。

だから、わからないところだけを拾い出して、できるようにしていけば、
成績は上がるに決まってると思っていました。

しかし、わからないところだけを拾い出すということができない子も多いのです。

例えば、中学生の理科。
計算の問題なんかで、5と答える場合と、5.0と答える場合がありますよね。

算数では、5.0ってなったら、0を書くとピンだったのに・・・って
思ったことはありませんか?

5.0と答えるべきところに、5と書いてあれば、
当然、ピンをつけて返します。

そうすると、5.0と直して出してきます。
問題はこの時です。

5.0と直した子にはいくつかのパターンがあります。

①あっ、有効数字だった!しまったーと思って直してくる子。
②ピンかぁ。じゃぁ、5.0にしてみようって直してくる子。
③5.0のほうだったか。。。って直してくる子。

質問なしで、できるようになるのは①の子だけです。
他の子は、ここで質問が出なければおかしい。
②の子も③の子も、5.0と書かなければいけない理由はわかっていないわけですよね?
それなのに、質問が出ない子の方が多いのです。

「これ、なんで、.0がいるん?」って思いませんか?
思わないらしい。。。
思う人から見れば、なんで思わないの?って、不思議で仕方がないのですが、
本当に思わないらしい。

そうすると、②や③の子には、
「これ、なんで、.0いるかわかってる?」って質問してみます。

「さぁ?」
「それなら、理由を解明しとかなダメなんちゃうの?」
「まぁ。」

これを、全ての問題でできると思いますか?
物理的に不可能ですよ。

自分で勉強できる子と、そうではない子の
一番大きな違いはここだと思います。

その気になったら、どんどん仕上げられる子は、
この「わからない」という感覚を持っている子なんです。

これが、どの時点で養われているのかは、
私もイマイチよくわかりません。
でも、私が出会う頃には、もう既にこの差は明確にあります。

生まれつきなのか、それとも、幼少の頃の環境なのか。。。
それはわかりませんが、とても大事な感覚だと思います。


( N )

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足りないこと

問題を解くときにも、面倒くさいことを避ける子はたくさんいます。
成績がぱっとしない子のほとんどが該当します。

もう一回、問題文を読んでみる、
最後まで、丁寧に問題文を読んでみる、
書いてあることを整理してみる、
あと一歩、踏み込んで考えてみる・・・

知識が足りなくてできないのではなく、
そのひと手間を面倒くさがるから、解けていないということは本当に多いのです。

例えば、宿題の中の問題。
白紙で「わからんかった」と出してきます。

「どんな問題だった?」
「どこまでわかった?」
「何か知らん言葉ある?」

こんな質問をするだけで、勝手に解いてくれることはよくあります。

私、何にも教えてないけど…?!

でも、解けてるんです。

宿題の時点で、自分でも考えられることですよね。
それをやらない。「わからんかった」で終わらせる。

実は、テストでもやってる子も多いのです。
もったいないなぁ。。。

( N )

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これでもいける

算数で、初めて割合を習うと、
そこで躓いてしまう子はたくさんいると思います。

全体が10とか、1とか、100とか、
もうわけわからんー!!
となるのでしょう、きっと。

そこで、パパ塾・ママ塾で、よくやられてしまうこと。
「8割だったら0.8かけるんよ」みたいな解説。
これを強引に通してしまうと、
3割引きって言われてるのに、0.3をかけます。。。
なぜ、0.8をかけたのか、意味がわかっていないからです。

あるいは、
「10で割ったら、1割が出るだろう?」というパターン。
600円の3割引きと言われたとすると、
600÷10=60で、1割が60円だから
3割は、60×3=180で、180円。
600-180=420で、420円と答える。

仕組みを理解する段階ならこれでいいです。
でも、それを理解して問題に入ってからもこれを続けるんです。

到底、受験算数はできません。
受験算数はしなかったとしても、
中学になって、文字式になり、方程式になった時に、
完全にできなくなるんです。

「これでも、答え出るけん、いいでぇ」では済まされない。。。
せっかく、親子で頑張っているのに、報われないんです。

「これでもいける」というのには、少し注意が必要です。
教科書やテキストに載っているやり方には、
それなりに理由があるものも多いのです。
気をつけたいですね。

( N )

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楽して儲かる仕事

大人になって仕事をしていると、どうしたって仕事はたいへんですし、もっと楽して儲かる仕事はないかなぁ、と考えてしまいます。
しかし、冷静に考えてみて、そんな仕事は多分無いだろうということは、大体の大人ならなんとなくわかっています。

だからこそ、せめて楽ではないなら高収入であってほしいと思いますし、収入が普通ならせめて勤務時間が少ない方がいいと考えます。
結果として大人は、自分の周りの羨ましい人の仕事ぶりに影響されて、あんな仕事につけ!と子供を叱咤激励してしまいます。

でもそれは子供に見透かされています。自分が子供の時、親に何を言われ、その結果何を求めたのかを思い出せばわかることです。

弁護士とか医者とかは、世間的にも素晴らしい仕事と思われていますが、誰でもなれる仕事でないからこそ名誉的ですし、仕事の内容がストレスフルであるからこそ報酬は大きいのです。決して楽な仕事ではありません。

この仕事なら楽だと思えること。もう一つは、この仕事なら楽しいと思えること。このうち一つでも当てはまるなら、その仕事は適性にかなっているので続ける価値があるでしょう。もしこの2つともに当てはまるなら、その仕事は天職だと思います。
仕事をすることに楽しさを感じ、人が音を上げる仕事をずっと楽々と続けられる。それこそが天職でしょう。そんな仕事に出会える人はわずかかもしれませんが、能力が明らかに足りないのに弁護士や医者になることよりは、ずっと可能性があるように感じます。

  ( K )

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仕事にまつわること2

前回、得意なことを仕事にするべきだというお話をしました。それについて、少し時をさかのぼって考えてみましょう。

昔は親の仕事を子供も受け継ぐという「世襲」の考えが一般的でした。もちろん近年はどんな仕事でも選べる自由がありますが、かといって親の仕事をついではいけないということでもありません。
親は親なりに苦労をして現在の仕事についています。中には、(自分のすべき仕事はこれではない)と思っている親もいるでしょうが、そうでなければ、散々悩み多くの経験をした結果として、自分に向いている仕事を選んでいます。
ですから、親の仕事が真っ当で、子供もその仕事に就きたいと思えば、素直に受け継ぐのもいいことです。
必ずしも親の性格を遺伝的に受け継いでいるものでもありませんが、もし性格的に似ていると自覚があるなら、親と似たような仕事をしようと考えるのは、かなりまともな考えだと思います。

世間を眺めてみると、親が自分の仕事に誇りを持っている場合は、子供もその仕事を受け継ぐ場合が多いようです。政治家、医療系、公務員、実業家(経営者)はもちろん、サラリーマンの家系というものもしっかり存在します。

自分には何が向いているのか。親は親自身の仕事をどう思っているのか。そんな家庭でしかできない話ができるといいなあと思います。
ただ時として、親の願望を押し付けてしまうという良くないパターンも見受けます。収入や名誉ばかりを考えて子供に高すぎるハードルを与えてしまうのは逆効果です。
現実味や子供の適性を素直に見つめる姿勢が大事ではないでしょうか。

  ( K )

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仕事にまつわること1

人間は大人になれば、必ずなにかの仕事をしなければいけません。お金に余裕があり何もしないで生きていけるとしても、きっと精神が参ってしまうでしょう。ですから、将来どういう職業につくかということは、常に意識している方がいいと思います。

小さいうちから何かやりたいことが決まっている人はいいのですが、実際はかなり少ないです。そもそも周りの大人がつらそうに仕事をしているのを見ると、あまり仕事をしたくないなあと、ネガティブな気持ちになりがちです。
それでも、なんとか将来の仕事を決めなくてはいけません。

特に普通科高校に進むか、実業高校にするかという場合には、ある程度覚悟を決めておかなければいけないでしょう。普通科に進む人も、2年もすれば大学受験するのか、するなら学部はどこにするのか、専門学校ならどこにするのか、それとも就職するのかという選択がやってきます。
その際に、特にやりたいことがない場合、何を進路決定のガイドにするといいのでしょうか。

それは以前にも書いたと思いますが、自分の得意なこと、好きなことを仕事にすることです。

よく趣味を仕事にするべきか?という問題が論じられますが、私の意見は、それが人の為になりお金に変えることができるならば仕事にしてもいい、ということです。仕事はそもそも人より上手でなければ、その道で成功することはありません。趣味がこうじて人よりはるかに上手に何かをこなせるならば、それを使った仕事をすると、おのずと人に頼まれることになるでしょう。

ことは趣味だけではありません。得意なことや上手なことを仕事にすることが大切です。一見、特に上手なことがないように感じても、よく考えてみるとおしゃべりが上手だったり、同じことをじっと続けるのが得意だったり、そういう特性をみんな持っています。ですからそれを活かせるような仕事を探してみると、面白そうだなと思える仕事に出会えるでしょう。

そんなに仕事に出会えたなら、辛いことがあっても続けられますし、続けられればもっと上手くなって仕事で成功できるでしょう。
  
( K )

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学校に思う

先日の熊川先生の記事にもありましたが、
スポーツが得意な子が、どこかのクラブチームに所属して頑張っていたり、
音大や美大を目指す子が、ピアノ教室や画塾に通っていたりするのと同じように、
勉強が得意な子が、それと同じようなことを求めて、
うちへ通って来てくれている場合も多くあります。

もちろん、そういう場合にはそういう指導をしているわけで、
そういう子たちが、卒業後、東大や京大や国立医学部を目指して頑張っているのですが、
そもそも、私がこの塾を始めたきっかけのひとつは、
地元公立に通う上位層の子たちの伸び悩みを何とかしたいという思いでした。
小さな個人塾にできることなんて、たかがしれてはいますが、
それでも、救える子が少しはいるだろうと思ったのです。

集合授業をする場合、真ん中より少し上にレベル設定をするというのは、
当たり前のことだと思いますが、地元公立の場合、
レベルの範囲があまりに広すぎて、現実を知っていれば、もっと頑張れる上位層の子が
現実を知らないがために伸び悩んでいるという現状があります。

公立で上位1~2割に入っていれば、かなり優秀であるというイメージを持っていて、
徳大くらいなら軽~いと思っていたりするものです。

ところが、実際は、そうではない。
地元公立から、普通科へ進める子は、5割いません。
仮に、4割の子が普通科に進学できたとして、
自分は、2割ぐらいの位置でいたとすれば、高校では、真ん中になります。

高校で真ん中だとすると、城東ならギリギリ国公立にひっかかりますが、
実際、城東高校へ4割もの子が進学できるはずはないので、
国公立には受からないということになります。
つまり、軽~いと思っていた徳大でも受からないのです。
それも、医・歯・薬ではなくて、理工や総科でも受からない。

中学の先生が、どうしてこういう話を三者面談の時にでもしてあげないのか、
いつも不思議に思っていますが、
今まで、そういうことを学校で言われたなんて話は聞いたことがない。

ところが、このレベルの子の中には、
そういう話をすると、本気で頑張り始める子がいるのです。
学校では優秀だと思っているのに、うちへ来た途端、
「できん子」みたいに言われて、驚いて帰りますが、
現実が見えると頑張れるのです。

私自身、公立出身だったので、そのあたりの事情はよく理解しているつもりです。
だからこそ、そういう話をするのです。
プライドを傷つけるわけですから、ごめんよ~と言いながら、
自分のことも照らし合わせながら話します。
上位層の子たちには、案外伝わります。
今年も、それをきっかけに、猛烈に成績を上げてきた子がいます。

真ん中より少し上に授業レベルを設定するのは仕方がないとしても、
せめて、近い将来の具体的な話ぐらいは、
学校でしてあげればいいのにと思っています。

でも、本当は、授業をレベル別にして、上位層の子たちには、
発展問題もさせてあげればいいのにと思っています。
レベル別にすれば、それと同時に計算もおぼつかないような子に、
計算ぐらいはできるようにしてあげられるかもしれないし、
少なくとも、何を言っているのかわからない授業を一日中聞いているという
不毛な時間を過ごすことが無くなるのに…と思っています。

全ての子が同じ授業を受けることが公平なのではなくて、
全ての子が自分に合った授業を受けられることこそが公平ではないのかなと思っています。
今の日本では、なかなか難しいことなのかもしれませんが。。。


  ( N )

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テストは試合です

スポーツの部活動や芸術の習い事の話をしたので、もう少し考えを進めてみましょう。

例えば卓球部なりサッカー部なりの運動部に所属しているとしましょう。毎日放課後に練習して、それ以外にも家でも練習したりランニングしたり、はたまたコーチングの動画を見たり試合を研究したり……。
苦しい練習をこなして身体が強くなり技術も上がってくると、(そろそろ試合がしたいなあ。強くなっているはずだけどなあ)と試合を心待ちにするようになると思います。
もちろん試合は緊張もしますし負ければ悔しいものですが、頑張った結果、前より上手くなって試合で活躍し、いい結果につなげたいと練習を頑張った人ほど試合を心待ちに思うはずです。
それはピアノや書道やバレエなどの芸術でも同じで、頑張った人は発表会が(緊張するし準備が大変だけど)楽しみになると思います。

結果として、試合で勝てて前より成績がよければ、チームやコーチと喜びを分かち合えますし、芸術ならステージで今まで以上の拍手をもらえたり賞をもらえたりするでしょう。

勉強も同じです。

頑張った人は、次のテストでは前より点数が上がるかもしれないという期待感で、もちろん緊張しつつもテストを楽しむことができると思います。

勉強を自分から進んでやる子供はそういう感覚が身についているのだと思います。ですからまだそういう感覚は無かったと思う人は、ぜひスポーツなどに置き換えて考えてみてください。

テスト(試験)は試合です。
試合は本来楽しいものです。緊張しつつも真剣に挑戦する勝負の場です。そう思えば、普段の練習(勉強)も少し考え方が変わってくるのではないでしょうか。

  ( K )

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術を学ぶ方法

前回の続きです。
学校ではテストはやりますが、テストでいい点数を取る方法はあまり積極的には教えてくれません。「勉強しろよ〜」とは言いますが、点数を取る方法を教えるのは、せいぜい受験の前や、一部の奇特な先生がやってくれるくらいのものです。
ですから、点数取るのが上手になりたい、上手になる方法が知りたいと思えば、自分でやるか、もっと効率を求めるなら、塾などの外部に頼るということになります。せめて学校でなんとかしたければ、どんどん質問をぶつけるよりないでしょう。

スポーツや芸術の部活動はたくさんありますが、勉強の部活動はないですね。得意を伸ばすなら、それもあっていいと思いますが、なぜか勉強だけは平等主義が強烈です。一部の生徒だけをターゲットにして、理解度に合わせて追加で個別に勉強を教えるということは、きっと、不公平になるからできないということなのでしょう。ですから学校は真ん中くらいの生徒に合わせて、標準的な授業をします。時々真ん中よりかなり上にターゲットをあてて授業をする学校もあるようですが、それはそれで落ちこぼれていく生徒が頻発するので問題はあると思います。

スポーツなら、なにかのチームに所属して、土日は練習と試合。上手くなり強くなるために努力を続けます。絵画や音楽なら、どこかの教室で先生にしごいてもらい、時々発表する。それをしなければ、余程の天才でなければ、まず「もの」にはなりません。ならば勉強が得意な子はどうするか。当然スポーツや芸術と同じく、適切なコーチについて練習を重ねるのが上達への近道でしょう。

ですから、学校の先生の教え方が気にいらないとか、レベルが合わないとか不満もあると思いますが、スポーツや芸術でがんばっている人は、そんなの当たり前のことです。だから得意なことが勉強で、もっと上手になりたければ(もっといい成績になりたければ)、家でも練習してコーチにもつく、というのは当然のことになります。

学校でちゃんと教えてくれたらいいのに…とどうしても思ってしまいますが、それはなかなか難しいことのようです。

  ( K )

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術(すべ)を教えること

主要5教科以外の科目については、受験科目ではないため、学校も生徒もだいたい適当にやっている気がします。しかし適当にやっても何も得ることはないので、授業時間は真剣に取り組みたいものです。特にその科目が格別に得意であれば、将来の仕事にすることもあるでしょう。ですから、その才能を見つけるための科目でもあるとも言えるでしょう。

音楽は、実は長い間生きていると辛いことも多くあって、そんなときに助けてくれる貴重な存在です。音楽の才能が人並であっても、基本的な事を学んでおくと後で役に立ちます。何より音楽はかなり頭を使います。有名進学校でピアノ必須というところもありますね。ただ、何か楽器が弾けるようになりたいとか、歌が上手くなりたいと思っても、授業ではたいした指導はしてくれません。
美術も同じくです。その名の通り術(すべ)を教えるはずなのですが、案外キレイな絵の描き方は教えてくれないものです。
音楽も声を出していればOK、美術も何か作っていればOK、で済まされているところがあります。

体育は実はとても大切で、身体を強くしておかないと、後々何をやるにも困るのですが、子供の頃には基本的に元気なので、あまり必要性を感じにくいです。また上手になる方法もなかなか教えてくれません。せめて速く走れるようになる方法とか、ボールを遠くまで投げる方法とかを教えてくれると楽しいのですが、そういう術はあまり教えてくれないです。
技術家庭科は唯一、術を教えてくれる科目かもしれません。その名も技術ですから当然ではありますが、術を習うことの面白さがよくわかります。

覚えておかなければいけないことは、学校ではあまり術(=やり方)を教えてくれなくて、術を学べるのは授業ではなく「部活動」ということになります。意外だと思うかもしれませんが、そういうところだと割り切ってください。

まったく驚く話で残念なことでもありますが、主要5教科以外も含めて、よーく学校の教え方を見つめてみると、そんなふうになっていることがわかります。術を教えるのは、その後の実業高校や専門学校で、高校普通科に進学すると、術を学ぶのはさらにその先の大学以降ということになります。

  ( K )

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大学合格状況(私立編)

では、今日は私立大学を見てみます。
私大は、多くの子が複数受験しているはずなので、
合格者数から割合を出すのはどうかと思いましたが、
まぁ、だいたい、同じような受験傾向にあると仮定すると、
何かが見えてくるかもしれないと思って、ざっくり集計してみました。

昨日と同様に、割合の多い順に並べてみます。

まずは、早慶上理。

文理
城ノ内
城東
市高
徳北
城南
城北

GMARCH&関関同立

城東
城ノ内
徳北
文理
城南
市高
城北

日東駒専&産近甲龍

城南
徳北
城ノ内
城東
城北
文理
市高

なんとなく、中心となっているレベル帯が見えたように思いますが、
いかがでしょうか。

GMARCH&関関同立は、
城東では50%を超えていて、城ノ内でも40%程度。
(多くの子が複数受験しているはずなので、実際の割合はもっと低くなるはずですが、
 便宜上、学年人数を分母にして割合表記にしています。)

ところが、日東駒専&産近甲龍になると、
城南と徳北が40%前後と多くを占めています。

つまり、それぞれの高校が得意とするレベル…というか、
そのレベルの生徒の割合が多いというか、
そのようなことが見えているように思います。

そうすると、やはり、最終的に、自分はどのレベルを狙っていくかによって、
行く高校を選ぶというのも、一つの手だと思います。

あるいは、中学受験であれば、
この城ノ内高校の最終到達地点を、把握しておいて、
子供にアドヴァイスするということは、重要だと思います。
わが子は、いったいどれくらいまで伸びる素養を持っているのか。。。
見極めるのはなかなか難しい問題ですが、
かなり、大事なポイントになると思います。


( N )

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大学合格状況(国公立編)

さて、昨日の続きです。
令和4年度の大学合格者数を、
各校のHPに掲載されているデータから、まとめてみました。
学校ごとに表記方法が違っているので、不確かな部分が残りますが、
概要は見えると思います。
(そのようなデータから個人的に集計した結果であるということは、
 くれぐれもお汲み置きください。)

集計した学校は、
市内普通科5校、城東、市高、徳北、城南、城北に
中高一貫校2校、城ノ内、文理を加えた7校です。

各校の定員が違うので、
合格者数から、合格者数の割合を出して比較してみました。

旧帝大のみを比較すると、割合が高い順に、

城東
文理
城ノ内
徳北
市高
城南
城北

神戸、広島ぐらいまでも含めても、その割合順位は変わらないのですが、
もう少しラインを下げて、徳大より上位の国公立の合計にすると、
少し順位が変わってきます。

城東
文理
城ノ内
市高
城南
徳北
城北

さらに、そこへ徳大も含むすべての国立大学を入れると、

城東
城ノ内
徳北
城南
文理
市高
城北

そこへ、公立も追加すると、

城東
城ノ内
徳北
城南
市高
文理
城北

と、多少、順位が入れ替わります。
国立のみで、50%を超えているのは城東のみで、
城ノ内が50%にやや及ばず、徳北、城南は40%前後となっていますが、
ここへ、公立を入れると、
城東、城ノ内は60%前後、徳北、城南は50%前後にまで跳ね上がります。
公立大学への合格者の割合が、思っていた以上に多い印象です。
公立大学が増加していることの表れでしょう。

国立医学部のデータは、徳北、城南では公表されていなかったので不明ですが、
市高が13名、文理が11名となっていて、
10名を超えているのはその2校のみとなっていました。
医学部を目指す子が、理数科か文理を選択する傾向が強く残っていますね。

私立の分析は明日に回すとして、
国公立の分析から、意識しておいてほしいことは、
今や、城東は難しいとか賢いとかいうイメージがつきつつありますが、
それでも、公立まで入れても6割程度しか合格できないということです。
城ノ内も然り。

つまり、真ん中より下で入学したのでは、
相当に頑張らなければ、そのレベルまでは到達できないということは、
中学生のうちから認識しておくべきだと思います。

城東に出願できるレベルの子であれば、
公立中学では、たいていは賢い子扱いをされているので、
そういう認識は持ちづらいかもしれませんが、
中学の時点で、その意識が持てるかどうかで出てくる差は
ものすごく大きいと感じています。

では、明日は、私立大学についてみてみようと思います。


( N )

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高校選び

中3生は、夏休み中に高校のオープンスクールへ足を運んだので、
皆、それぞれに、自分が行きたいと思える高校を
実感を持って、絞り込めてきたことと思います。

高校選びを左右する要因は、たくさんあると思います。
家からの距離、
友達との人間関係、
制服、
部活、
学校の雰囲気や印象、
などなど、色々な声が聞こえてきます。

総選時代なら、まぁ、そのくらいが大まかな要素だったようにも思いますが、
今は、それに加えて、各校の進学率や進学先も重要な要素になっています。

どの学校も卒業生の進路情報をHPに掲載しているので、
調べている人も多いと思いますが、
久しぶりに、令和4年度の大学合格者数を分析してみると、
学校による違いが、より一層明確に現れていました。

そうなると、自分には、どこの高校が合っているのか…
よく吟味する必要が出てくるのではないかと思います。
明日は、少し詳しく見てみようと思います。

気になる方は、まずは各高校のHPの進路情報を覗いてみておいてください。



( N )

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中受に思う

徳島でも、この十年で受験事情が少し変化してきました。
少子化と、大学受験の変化の影響で、色々なことが変わってきました。

私の個人的な考えとしては、
小学校は地元公立で十分だと思っています。
むしろ、その方が社会の縮図を経験できてよいとさえ思います。

中学に関しては、
それぞれに向き不向きがあると思っています。
中学のカラーもそれぞれ違うので、
地元のまま突っ走るのが向ている子もいれば、
附属→市高理数科や城東へ行くのが向いてる子もいるし、
あるいは、文理や城ノ内で一貫教育を受ける方が向ている子もいるでしょう。

ただ、中学受験の受験勉強は、
経験しておいた方が良いと思うことはよくあります。

しかし、一方で、
そんなやり方なら、しない方がマシだよと思う子もたくさんいます。

例えば、駅前の大手受験塾へ通います。
授業のスピードについていけず、
追い立てられるままに、わけも分からずやり方だけを覚えようとします。
次回授業の小テストは、そこそこ取れます。(やり方は覚えたので・・・)
学力テストになると、全くできません。(理解はしていないので・・・)

こんなことを繰り返している子は、本当にたくさんいるのです。
そのフォローをしてほしいと、うちへ来られることもあります。
根本的なことが理解できていないのに、
応用問題はできるはずがありません。

週に1度くらい、
全く理解できなかった塾の授業のフォローをしたところで、焼け石に水です。
そのまま、アップアップしながら、時間は過ぎていきます。

それでも、滑り止めで受けた文理は受かってみたりします。
力があって、受かったのならいいですよ。
あのカリキュラムを存分に生かせますから。
でも、塾でそんな状態だったのに受かってしまって、
行ってしまうと、本当の勉強を知らないまま、過ぎていってしまいます。

わけも分からず、手順だけ覚えるのが勉強だと思ったまま。。。
受験は、そんなことのためにするのではないのです。


( N )

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イメージする力

読み取りが苦手な子の多くは、
読んだ文章から、そのイメージを持つことが苦手なように思います。

読み取りができる人なら、何か、文章を読んだとき、
そのイメージが頭の中に浮かんでいると思うのですが、
文章を読んだときに、それがないのです。

目で文字を追っただけ、あるいは、
ただ音を発しただけなんです。
もちろん、普通にきちんと音読できています。
それにもかかわらず、そのイメージは浮かんでいないのです。

例えば、
黒々とした森林が広がっていて、雪をかぶった高い峰に月の光が反射している…
みたいな描写があれば、その光景をイメージするから、
冬の夜だということはすぐにわかりますよね?
でも、それがわからない。。。

雪って書いてあるから冬で、月って書いてあるから夜だ…
なんて考えているでしょうか?
でも、映像が思い浮かばない子は、そういう手法で解いているようなんです。

こういうイメージする力とか、想像する力って、
特に鍛えた覚えはないのですが。。。

本当に、言葉の問題は奥が深いです。


( N )

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コロナの影響?

もう十年以上も前から、
近所の子供たちが、年齢関係なく、ワイワイと遊んでいる姿を
見かけることが無くなったように思います。

そのせいで…とまでは言いませんが、
(少なくとも、それも原因の一つだと思っているのですが)
おしゃべりが苦手な子が増えているように思うんです。

自分の身の上に起きた出来事を、きちんと伝えることができなかったり、
ボキャブラリーがあまりにも少ない子がいたり。。。

ここ数年は、コロナのせいで、学校でも以前ほどはおしゃべりができなかったり、
放課後に一緒に遊びづらかったりするので、
それも影響があるだろうなとは思っています。

もちろん、昔から、そういう子はいました。
「先生、はさみ」とか言って、
「先生は、はさみではない!」なんてやり返す話もあちこちでありましたし、
長年、問題視されてきたことだと思います。

ただ、近年特にその割合が増えているように感じます。
偶然に私の周りだけが、そうなのかもしれませんが。。。

この間も、
私:平均って何?
生徒:足してわる
私:ん?
生徒:え?足してわる
私:何を足して何で割るん?
生徒:え?ぜんぶ、・・・、人数
・・・・・・、なんて会話をしたばかり。

百歩譲って、平均の意味ではなく、平均の求め方を聞いたとしましょう。
に、してもです。
5年生で、この会話、大丈夫なのか?と思ってしまいます。

せめて、もう少し、語数を増やしませんか?
文にしませんか?
もう少し、ちゃんと話せた方がカッコいいとか、思わないのでしょうか?
これでも通じるからいいだろ?って思うのでしょうか?

しかも、公立では、決して成績が悪い部類に入る子ではないのです。
むしろできる部類に入るんですよね。

そんなこんなもあって、近頃、言葉の問題がものすごく気になっています。


( N )

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テストの点

基礎学の点数が、何かと基準にしやすいので、
よくそれを基準にしたレベル分けをしていますが、
一つ、注意してほしいことがあります。

基礎学の点数は、
公立の場合、定期テストの点数よりも下がるということ。
さらに、1年の基礎学よりも、2年の基礎学、さらに3年の基礎学と、
範囲が広がり、難易度が上がるので、当然得点も減るということ。

特に要注意なのが1年の基礎学。
そこから、20~30点は引いて、考えておく方が良いと思います。

例えば、最終的に400点ほしいと思っている子なら、
中1で400点超えたからと安心してはいけません。
せめて420点、超えておきましょう。

それだけ、1年の基礎学は簡単だということです。
範囲が狭いですから。

そのつもりで、準備を進めましょう。

中3生は、もう第1回の基礎学が迫ってきつつあるので、
受験モードになっている子も増えてきていると思います。

ただ、中1、中2はまだまだ先の話だと思っているでしょう?
基礎学は全範囲ですよ。
そう簡単に準備はできませんから、ボチボチおさらいを始めましょう!

( N )


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本を読むこと、話すこと

「本を読むことは大事だ」とよく言われます。
もちろん大事ですが、それと同等に、
話をすることが大事だと思っています。

本を読むことは、インプットで、
話をすることは、アウトプットですよね。

本をたくさん読んでいても、
言葉や知識が定着していない子はよくいます。
アウトプットが足りていないから定着していないのだと思うんです。

本を読んで知ったことを、誰かに話す。
あるいは、本に載っていた知らなかった言葉を使ってみる。
子供の場合、身近な家族に話すのが一番でしょう。

そうやって、新しくインプットしたことを、
使ってみると、あっさり定着するものです。
そして、それに対して、会話をかわすと、また新しいインプットとなります。

成績が良い子は、家ではおしゃべりな子が多い気がしています。
お父さんやお母さんに、いろんなことを話しています。

そうすると、それに対して、
お父さんやお母さんが受け答えをしてくれますよね。
そのやり取りこそ、表現の基本、知識の源だと思います。

別に、取り立てて、話をする時間をとっているわけではない。
ご飯を食べながら、お茶を飲みながら、
テレビを見ながら、お手伝いをしながら、
あーだこーだとおしゃべりを楽しむ。

「そんな暇があったら、勉強しなさい」と言ってしまってはもったいない。
たわいない会話の中には、
勉強では、得られないことが、山ほど転がっているのだから。。。



( N )

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教科別のポイント(社会)

社会科はその名の通り、人間が集まることで生まれてくる現象を考える学問です。人間は一人では生きられませんから、何らかの社会に属しています。その仕組みを学ぶことはとても大切です。

教科の特性としては、論理はもちろん大事ですが、人間の学問ですから、かなり感情の要素が入ってきます。地理はかなり理科に近いですが、歴史はかなり感情の要素が多く、文学的になります。

社会はどうしても覚え込むことが多く、覚えれば勝ち、みたいなところがありますが、地理・公民には分析要素もあります。

こちらも理科と同じく、なるべく授業で覚えこんで、テスト前に復習の流れで対処したいのですが、覚えることが多いので、どうやって覚えるかがカギになります。

地理は図にして視覚的に覚えることが多く、公民も図や表にして覚えることが多いです。歴史は丸暗記になりがちですが、実は人間の歴史は、世の東西にかかわらず、同じように変化していることが多いので、その点を捉えて大きな流れを理解すると、覚えるのが楽になると思います。あとは、その時代の人々の暮らしや苦労を想像することが大切です。ということはやはり社会は、国語のような感情的な理解力や想像力も必要になってくるということでしょう。

  ( K )

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教科別のポイント(理科)

理科の「理」とは「ことわり」のことで、世の中の様々な現象が起きる理由について、絶対に異論を許さない間違いのない事実(まさに世のことわり(理))を学ぶ科目です。算数・数学と同じように、全てが解明されていて間違いのない事だけを学びます。

現代は科学的な考え方によって証明されていますから、自ずと科学の考え方で物事は進みます。
科学とは、仮説を立てる、調査・実験方法を考えて決める、調査・実験の結果を分析する、結果が仮説の通り正しければさらに別の方法で確認する、仮説と違う結果なら、調査・実験の方法を変えたり仮説を立て直したりして新たに確かめる、という手法です。理科という科目は、その科学的手法の導入部でもあり、科学的な論理的思考を求められます。

人間の思考の二大要素として、論理と感情がありますが、理科はもっぱら論理を使いますので、そのへんは数学と似ています。ですから、数学と理科の成績には、多少の相関関係があるように思います。

ただ理科は数学よりも計算は少なくなりますから、かわりに覚えることが増えてきます。授業でしっかり理解すれば、後は覚えるとなんとかなるということで、得てして適当な勉強になりがちです。しかし、得点を一番伸ばしやすい科目とも言えるでしょう。

ポイントは、授業でしっかり覚え込んでしまって、テスト前はしっかり復習して思い出しておくことの繰り返しが大切でしょう。実験は家でやり直すことができません。授業の記憶は大切ですから、真剣にやっておくべきですね。

  ( K )

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プロフィール

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、下記のリンクからご覧ください。
2023.5.17.


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お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

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