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聞いていない

聞いているようで聞いていないことって、けっこうあると思うんです。
誰でも、集中していないときには起こりがち。

ところが、これが勉強中に起きる子もたくさんいます。
意識がそちらへ向いていないのか、何なのか。。。

例えば、英語。
比較級と最上級の作り方をまず説明しました。
4パターンぐらいのルールを習いますよね。

文章の作り方はまだ説明していませんが、
とりあえず、比較級と最上級を作れるようにする練習です。

「このページと次のページの1番だけ解いてみて。
 比較級と最上級を作る練習ね~」

「は~い」

なんて、流れで進んでいきます。
ふと見ると、せっせと2番も解いています。

まだ、やってないし。。。
今、「は~い」って返事したよなぁ?

な~んてことが、マンツーマンでも起きるのです。
学校の授業だったら…
想像するだけでも恐ろしいですね。

( N )


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伏線を敷く

「結局は、本人が思うしかないですよね」
お父さん、お母さんと、そんな話になることはよくあります。

まぁ、確かに、中学・高校ともなれば、
周囲が何を言おうが、何をしようが、
本人の意志で動いているわけですから。。。

「スマホばかり触らずに、勉強しろー!」と、
高校生に言ってみたところで、
親の見ていないところで、スマホ、やっていますから。

勉強だって、無理やりやらされたぐらいで、
できるようになる分量でもないですし。

結局、やっている子は、自分自身がやろうと思って、
自分の意志でやっている子ばかりだと思います。

では、そういう子は、たまたまそうなっただけでしょうか?
という思いも、実は、あります。

なぜなら、そういう子を、どういう風に躾けて育ててきたか、
いろいろな家庭と関わる中で、見てきていますから。

決して、放っておいてそうなったのではありません。
初めての経験に、試行錯誤を繰り返し、
親御さんも色々と勉強をしながら、
自立できる子になるように、仕向けてきているものです。

もちろん、うまくいったこともあれば、いかなかったこともあるでしょう。
修正を繰り返しながら、歩んできたはずです。

小さいころに、そういう手間をたくさんかけられた子は、
中学にもなれば、自立し始めます。

まだまだ、叱ったり、褒めたり、
頑張っていることを承認しながら、手綱は握っていますが、
少しずつ、自分でできることを増やしているように見受けます。

少なくとも、「言っても、言っても、勉強しない」
なんて状態にはならないと思うんです。

何かで聞いたことがあります。
子供と一緒にいる親は多いけれど、
子育てをしている親は少ない。。。
確か、そんな内容だったと思います。

ズルをしようとした子供に、
「ダメなものはダメ」と教えられる親が少ないというのです。

やるべきことは、きちんとやらなければいけないと、
躾けられてきた子なら、中学生にもなれば、
勉強は、やらなければいけないことに位置付けられているはずです。

もちろん、まだ子供ですから、
さぼってみたりすることもあるでしょうが、
ず~っとやらずに放っておけるはずはないのです。

「どうして、言ってることがわからないの!」
「もう、知らないわよ!」
と、なってしまうのは、もっと小さいときの
伏線がきちんと敷けていなかったのかもしれません。
子供のせいばかりでもないよな…と、時々思います。

そして、しっかりを伏線を敷いてきたお父さん、お母さんには、
頭の下がる思いがします。

( N )


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選択肢のない問題

最近特に、国語に限らず全ての科目で記述式の回答を求められることが増えているようです。答えだけではなく途中の考え方を説明しなければいけないので、文章力の必要性はもちろん、回答にも時間がかかります。

しかし、選択肢のある問題の方が簡単かというとそういうわけでもなく、共通テストレベルまでいけば、選択肢を読んでそれぞれの意味の違いを正確に捉えなければいけないわけで、それはそれで余計に読む時間もかかりますし、選択肢問題ならではの難しさがあると思います。

人生においても、大人に向かっていくにつれて、何度も選択をしなければいけなくなります。ある程度選択肢が用意されている人もいれば、全く選択肢がなく白紙の状態で進路を決める人もいます。
どちらにもそれぞれ難しさはあって、進路選択の余地が少ないことを嘆く人もいれば、漠然とし過ぎていて途方にくれる人もいます。
悩んだときには自分とは違う立場(選択肢の有る無しで)になったと仮定して考えてみるのもいい方法かなと思いますが、いずれにしても、しっかり考えて答えを出すという姿勢は必要だと思います。
考えるのが苦手で、目の前の選択肢から何を選ぶかに話を狭めてしまい、さらには消去法で進路を決めるというのは、ありがちかもしれませんが、なにか後悔が残りそうで少しさびしい気もします。
できれば人生においても、考えて答えを導き出すという姿勢を、人生の生き方にしてほしいものだと思います。テストの点数も大切ですが、人生を考える想像する力も養いたいものです。

  ( K )

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藪こぎ

私は学生時代、山登りやワンダーフォーゲルのようなことをしていたので、ろくに標識もないような所をたくさん歩きました。時には古い山道に入ってしまい、それがほとんど使われていない道で、藪(ヤブ)のようになっていることもありました。藪をこいで進んでいくことを藪こぎというのですが、そういう時このルートを選択したのが正しかったのだろうかと考えさせられることがあります。

どのルートが正しいかを判断することは、少し難しめの数学の問題を解くときにも、しばしば出てきます。
例えば連立方程式の問題で、何をxyにするのかがすぐわかる場合はいいのですが、それに悩んだあげく変な物をxyにすると、藪こぎのような余分の苦労をしてしまいます。それでも立てた式が正しく、途中の計算ミスも無ければ正解にはたどり着くのですが、余計な計算や式の変形で、時間と手間が余分にかかり、ヘトヘトになってしまいます。

最初に、何をxyとすれば楽な道のりを進めるのかを見極めなければいけないのですが、それにはある程度の経験が必要で、それは山道で地図にない分かれ道に遭遇したときのような感じです。
今までの経験からきっとこっちだろうと判断して進まなくてはいけませんし、もし途中でなにか勘違いしたに違いないと思ったときには、そのまま進むかもとに戻って一からやり直すかの判断も必要になります。これは幾何の証明問題でもよく経験しますよね。

問題を前にして全文を読み、内容を理解したところが分かれ道。そこで藪こぎをしないで済むルートがスパッと見つけられて解答までたどり着けると、気分爽快ですよね!

  ( K )

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真っ暗な夜道を歩く

最近はかなりの田舎でも街路灯が設置されていますし、家の明かりも豊かになりました。防犯上の問題もありますし、車で送迎も当たり前ですので、真っ暗の夜道を歩くことがほとんどなくなりました。キャンプや山登りをするとそういう経験ができるかと思いますが、現代ではそれも貴重な経験です。

真っ暗の夜道をライト無しで歩くのは大変です。一歩を踏み出すことすら怖いです。それでも目が慣れるのを待って星空やわずかな木の存在感などを頼りに少しずつ足元を確かめながら進んでいきます。
目的地までどれだけかかるかもよくわからない中で、少しずつ少しずつ前進していくわけです。

こういう動き方は、実は数学の問題を解いていると、よく似ているなあと思います。数学の問題も、問題を読み終わった時には答え(ゴール)はほとんど想像できません。ざっとこれくらいの数字なのかなとか自然数にはなるかなとかはわかりますが、想像しても意味がないので、とりあえず一歩を進めることになります。

例えば食塩水の濃度を扱う問題なら、まずは問題文を読んで、この部分から「食塩水に含まれる塩の量」が式になるな、水を加えた時の濃度はこう表せるな、それならこういう式で表せるな、で一つ式ができます。さらに問題文の後に書いてある条件を式にするとこうなるな、とまた一歩ずつ進んでいきます。
そうすると途中でゴールが見えてきます。途中の道が全部見えていなくても、ゴールの明かりが遠くに見えるように。後は自分の立てた式を信じて、最後に踏み外さないようにちゃんと計算すれば、ゴールに到着します。

問題を解くというのは、こんなふうに夜道を歩くことに似ていると思います。最初からゴールまでの道筋が全部見えているのは簡単な問題です。それが当たり前だと思うと、途中がさっぱり見えない難しい問題にはまるで手が出ないということになります。

幸い真っ暗の夜道のような問題を解いても、危険なことはありません。未知の領域に踏み込んで、ゴールまでたどり着くことに面白みが感じられれば、数学が少し楽しくなると思っています。

  ( K )

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定位置

みんな自分の能力については、自分はこんなもんだという定位置を持っていると思います。例えば学年で50番くらいを一年もうろちょろしていれば、まあ自分はこんなもんだと思います。
下がるのは辛いですから、その番数を維持しようと思ってそれなりに頑張りますが、それ以上に上げていこうという強い意志はなかなか持てないものです。上げたら上げたで維持するのが大変そうだとか後で下がったら嫌だなとか、そんなことまで考えてしまいます。

しかし学年で50番が定位置の人も15番が定位置の人も同じようなことを考えているものです。
だったらその定位置を上げてみると、そこが自分の新しい定位置になり、落ちるのは嫌だなあと思うのは同じなので、それなりに成績が上がったまま維持できるはずです。

野球の例えでわからない人もいるかもしれませんが、内野の守備をしていると強烈な打球の処理はけっこう怖いものがあります。前進守備のときにはなおさらなのですが、一度ピッチャーをやってみると、内野手の前進守備よりもっとバッターに近いところで守備をし続けていて、強烈な打球は半端なく怖いのですが、それでもすぐに慣れてきてしまいます。
ようは一回試しにでも自分の定位置を変えてみることです。そうすると新しい感覚を身につけられて、もっと強い自分が当たり前になります。

力があるのに出し惜しみしている人は、試しに一度テスト勉強をがんばって自己ベストを更新してみましょう。あとは気持ちの持ちようで、そこがあなたの新しい定位置になるかもしれません。

  ( K )

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表現力に思うこと

最近は急激に表現力が求められているようです。コミュニケーション能力も近い概念ですが、どうやら最近の若者のコミュニケーション能力が以前とは違ってきていて、多くの会社などの職場で意思が通じにくい、説明が下手である、などの不具合が多くなって、主に経営者側からの要望として求められているようです。

たとえおしゃべりが苦手で寡黙な人でも、文章を書かせればすごく上手いとか、絵や音楽で表現できるという人もいますから、そういう人はそれでいいし表現力があると評価されていいはずなのですが、どうやら昨今語られている表現力やコミュニケーション能力は、論理的に話をする能力という狭義の表現力のことのようです。

これは伸ばすことができるのでしょうか。どうすれば伸びるのでしょうか。

それはやはりリアルな世界で話をする経験を増やすことしかないように思えます。特に大事なのは、人の顔を見て話し、表情を使って感情を伝え、言葉を選んだり強調したり間を空けたりといった話法を駆使するなど、アナログで原始的な行為でしょう。

最近はインターネットやメールの文化も当たり前になり、文字で意思が伝わればそれで良しとする風潮が長く続きました。
ひどいところでは、コロナのせいもあるのかもしれませんが、友達との会話もラインなどのメッセンジャー機能であったり、ゲーム内のチャットであったりします。そんなことで(短文の連続や絵文字などで)上手く自分の感情を伝えられるでしょうか?

アメリカでは、笑顔と握手の練習や討論(ディベート)はかなりしっかりやると聞きます。こういうことがこれからの日本では、良し悪しは別として必要になってくるのかもしれません。話しの仕方を学校で教え練習するというのも、ちょっとなんか違うなあと思ってしまうのですが、これからどうなっていくのでしょうか?

  ( K )

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勉強のベース

中3が来たら、そろそろ勉強をきちんとしてもらわなくちゃね~
なんて、のん気に構えているお母さんもたくさんいますが、
中3から本気になって、上位層に踊り出せる子なんて
ほんの一握りですよね。

そして、そういう子は、勉強のベースとなる部分が整っている子です。

例えば、漢字や単語の暗記ものに取り組むときに、
ただ一行書き連ねるようなことは、馬鹿らしいと思っている子。
できる問題を何度も解くのは時間の無駄だと思っている子。
できない問題を全部できるようにすれば、成績は上がるでしょ?と思っている子。

そういう感覚を、既に持っていて、
さらに、継続する忍耐力のある子、
あるいは、思い込んだらのめり込んで没頭できる子なら、
スタートが出遅れていても、挽回できる可能性はあります。

しかし、そういう子はめったにいないものです。

そう考えると、小学生のうちに身につけておきたいことは
自ずと見えてきますね。

そういう感覚を身につけることです。
そして、おそらくそれは、
日々、生活を共にしている親御さんにしかできないとさえ思います。

週に数時間程度しか会わない先生が、
毎度毎度、言ってみたところで、
言わないよりはマシでしょうが、それほど大きな効果はないと思います。
特に、小学生は。

同じ感覚で、家庭学習が行われて、
日々の生活が送られることこそ、大事なんですよね。
だからこそ、小学生のパパ塾・ママ塾は大事なのです。

中学生になって、一緒に勉強を始めると、
「私、小学校の時の勉強の仕方、間違ってたと思う」なんて言う子もいます。
ママ塾で頑張ってきた子なのですが、
少しポイントがずれてる部分があったんですね。

きちんとできている部分もあったので、
自分で間違ってる部分に気づいて、直そうとし始めたから、
好転しましたが、いつもいつも、そう、うまくいくわけでもありません。

パパ塾・ママ塾で定めるべき方向性は、
思っている以上に重要なポイントかもしれませんね。

( N )

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疑問を持つこと

そもそも、疑問を持てるかどうかが、
何事においても成長できるかできないかの差だと思います。

勉強においても、もちろん、そういう側面は大いにあります。
先日も、「これよ、これ!」と言いたくなるようなことがありました。

中1の方程式の単元。
長方形の頂点から点が動いていく問題です。
よくある、面積がいくらになるのは何秒後かを求める問題。。。

毎秒2センチで動くなら、動いた長さはx秒間で2xセンチと表しますが、
面積を求めるために使いたい長さは、
辺の長さから動いた分を引かなければいけないというようなことはよくありますよね。

いつも宿題のテキストは、わからないところはないと言うし、
ノートを見ても、ほぼ丸ばかりがついている子なのですが、
私としては、できている実感はない子だったので、
プリントを挿入したわけです。

案の定、全ピンです。

それで、最初の問題は、方程式を立てるために使う長さのところに、
12-2xと、さりげなく書いてみました。

当然、それを使って、式を立てて、「できました」「わかります」となります。
では、何も書かなかった次の同じような問題はどうするでしょうか?

適当に2xとかを使って式をたてにかかりますが、当然それではできません。
「ここって、どういう風に表したらいいと思う?」と質問すると、
沈黙になります。
「さっきの問題のここは、どうして、12-2xになってたの?」と聞くと、
当然わかっていないわけなんです。

「これって、わかってないよね?」となります。
「できました」「わかります」ではないよね?と。

先の問題を解くときに、「これって、どうして12-2xになるのだろう?」
という疑問が欲しいのです。
こういうのが、わかっていないってことだという説明は、ことあるたびにしていますが、
なかなか伝わるものではありません。

疑問に思わないものを思うようにするのは、至難の業なのです。
でも、それができないと、成績は伸びません。
パターン暗記やあてずっぽうでできることには限界があります。
しかし、そういう子は山のようにいます。

そして、その子だって、地元公立では、いい成績なんです、実際。
でも、限界が来るのは目に見えています。

伸びるかどうかの境目は、この疑問を持てるかどうかだと思います。

( N )


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長文問題

英文和訳だけでなく、長文問題でも、
よく似たことは起きています。

長文問題を解きます。
丸付けをします。
全訳を読みます。

ん?
それ、おかしいですから。。。

全訳を読む前に、
なぜ間違えているのかの検証でしょう?

例えば、選択問題なら、
本文のどの部分を読んで、それを選んだのか、
どの部分を読んで、他の選択肢を消したのか、
それぞれ根拠となる部分の検証のやり直しからです。

その中で、意味がとれていない文があれば、
その原因を突き止めていかないと。。。

単語なのか、連語なのか、構文なのか、
それとも、単なる読み間違いなのか、
色々な原因があるはずです。

その作業もせずに、日本語訳を読んだところで、
それは意味が分かった気分になれるだけで、
何もできるようにはなっていないですよね?
全訳は読み物ではありません。ww

長文問題の直し、きちんとできていますか?

( N )

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原因究明

昨日のようなことは、実は英語でも起きていて、
例えば、英文和訳。

How much do you know about Australia?

これを、
「オーストラリアは、いくらするか知っていますか?」
なんて訳してしまう子もいます。

どんな奇想天外なストーリーがここから始まるのん?
常識的に、おかしいと思わないかなぁ。。。と思ってしまいますが、
百歩譲って、間違えてしまったことは仕方がないとしましょう。

問題は、そこから先です。
解答を見ます。
「オーストラリアについて、どれくらい知っていますか?」
と書いてあります。

①「あ~、そういう意味か」・・・おわり。
②「赤で書いとこか」・・・おわり。
③「訳、覚えとこ」・・・おわり。

どれもこれも、ダメです。
な~んにもできるようにはなっていません。

④「あれ?なんでそんな訳になるの?」
⑤「あっ、How muchに飛びつき過ぎたなww」
⑥「オレ、aboutとか見てなかったわ」

せめてここまで来てくれると、少しは進歩していきます。
でも、そんなところへは意識が向いていないから、
あんな素っ頓狂な訳をするわけでもあるのですが。。。

何が違うのか、
どうして間違えてしまったのか、
原因究明をしていくのが勉強の大事なところ。

とりあえず、わかった風なところを見せればよいのではないのです。
でも、これができない子も、たくさんいますね。

( N )


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証明問題

中高一貫校の場合、数学は、代数と幾何に分けて
並行して進めていますが、
高校受験がある子たちは、各学年とも、
そろそろ年度後半の幾何分野へ入った学校も多いと思います。

中2は、初めて、図形の証明問題が出てくるわけです。
最初は、三角形の合同証明から。

基本となる書き方を習った後は、
角度を足したり、引いたり、式を使って説明する場面も増えてきますし、
徐々に、合同ばかりではないパターンも習っていきます。

そうすると、当然、演習をしているときに、
見たこともないパターンに遭遇することもあるでしょう。

これって、どうやって説明したらいいん?
誰もが、まず最初に思うことだと思います。

一人で勉強していると、ここで登場するのは解答例なわけですが、
この解答例の使い方がまずい子も、けっこういると思います。

パターン①
解答例を読んで、言っていることはわかったから終わり。

パターン②
解答例を読んで、言っていることはわかったから、
赤で写して終わり。

パターン③
解答例を読んで、言っていることはわかったから、
閉じて、書いてみる。

パターン①と②は、できるようになっていないですから、
ダメなのは、わかると思いますが、
問題はパターン③。

実は、パターン③でやっている子には2パターンあるんです。

良いパターンは、
説明の手順を理解した上で、書いてみる子。

ダメなパターンは、
書き方をただ暗記して書いている子。

つまり、内容を理解しているのではなくて、
ただ文言をそのまま暗記して書こうとする子が結構いるのです。

そうすると、その時は、書けてるみたいに見えます。
ところが、一向にできるようにはなりません。

この仕事を始めたころは、「なんで?」と思っていましたが、
こういうタイプの子、本当にたくさんいるのです。
もう、最近は驚かなくなってしまったぐらい、たくさんいます。

文言を丸暗記しても、
とりあえず、今日だけ、
いや、今だけ、その問題ができるにすぎない。
それ、何か意味ありますか?

でも、やってしまっている子は、かなりいます。
気をつけて!

( N )

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〇〇してる場合じゃねえ

考えてみると、何か得意なことを伸ばしていくには、何かを犠牲にしなければいけないことがわかります。

趣味でもスポーツでも芸術でも勉強でも、なんでも一旦それに入れ込むと、テレビやYouTubeを見たり、ゲームを長時間したりするのが嫌になってきます。そして、そんなことをしてる暇はねえ!と思い始めます。
そうなるとしめたもので、何かを犠牲にしているという感覚すらなくなってきます。

端から見ていると、そういう人は楽しいことを犠牲にしてよく努力しているもんだなあと思いますが、案外当の本人は一番やりたいことをやっているだけなので、なんとも思っていないことも多いです。
人気のテレビドラマも大事なサッカーの試合も見ておかないと、翌日学校で友達の話に加われないと心配して、何もかもおさえておかなければ…と思うこともあるでしょうが、そんなことはあとから思い出すと大したことではなかったとわかります。せいぜいいじめに合わないように適当に情報収集して話を合わせておけばいいのです。なぜなら長い人生で考えると、そういうただその時楽しいことは、思い出以外にはほとんど影響しないからです。

私自身も飽き性で、なかなか一つのことに入れ込める性格ではなかったですが、仕事をし始めてから、その仕事を覚えようと頑張り始めて、一見何かを犠牲にしているようでいて、実はそれがそんなに苦痛ではなくすがすがしい気持ちになれることに気がつきました。
できれば早いうちにそこに気がついて、○○してる場合じゃねえ!と思いながら、充実した時間を過ごせればもっと人生面白かったかなあと考えます。
ぜひ皆さんもそんな視点を想像してみてください。

  ( K )

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何が得意であろうとも自信を持って。

中には理解力も記憶力も自信がない…という人もけっこうたくさんいます。持って生まれた能力ですからしょうがないですが、そういう人はどういう進路選択をすればいいのでしょうか。

実は理解力も記憶力も、ある特定ジャンルに限ってなら、やたらと能力が高いということがよくあります。

例えば記憶力で言えば、人の顔と名前は一度見たら忘れないとか、一度通った道は何年でも覚えているとか。
理解力でも、論理的な文章は苦手でも、普通の人には理解しにくいスピリチュアルなメッセージがどんどん読めたり、物を売るときにこうすれば人は買いたくなる!と直感的にわかったりとか、ジャンルによって感覚的に理解する能力に長(た)けている人も案外多いです。

ようは、その学習能力の程度には関係なく、自分が人より上手なこと、長けていることを素直に伸ばしていくことが大切です。スピリチュアルな人が行政や会計事務をするのはつらいでしょう。顔を覚えたり売るのが得意な人が工場勤務ではもったいない。

ですから、最低限やらなければいけない勉強や学校のことはこなした上で、得意を伸ばすことが幸せへの近道だと思います。
世間一般の成功の条件のような学歴主義などの既成概念に振り回されたり、一方、余程の才能がないと成功できないプロスポーツ選手やプロゲーマー、ユーチューバー、歌手・俳優・アイドルなどを、大して努力もしないのに夢見続けるのも全く違うと思います。

確実に言えることは、好きなことではなくて、自分が得意なことを見つけること。それが見つかったら大事に育てること。そうすれば自信と誇りを持って人生を歩んでいけると思います。

  ( K )

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学習とは理解力と記憶力のこと

学習能力などとよく言いますが、最近では学習能力をさらに分解して、理解力、記憶力、発想力、表現力(コミュニケーション能力)など様々な能力に分けて考え、よりわかりやすくなってきました。発想力と表現力は近年特にもてはやされていて、やらなければいけないことが昔よりずいぶん増えてしまったなという印象です。しかし、やはり学習能力の核になるのは、理解力と記憶力で、ペーパーテストではこの2つを中心に試されます。

理解力も記憶力も、持って生まれた能力の部分が大きいですが、どちらか一方はまあまあいいんだけど、もう一つがどうも弱くて……という時には、強い方の能力で弱い方を助けることができます。
例えば記憶力が弱ければ、しっかりと理解することで忘れにくくしたりとか、記憶のための練習は面白くないけれどもこれを繰り返してやることが得点アップの近道だと理解して進めるとか、理解力で補うことができると思います。
理解力が弱いときには、ついつい公式や解き方の丸暗記に頼りがちですが、それでは難しいひねりの効いた問題には手が出ません。ですから根本の理解の部分を頑張るよりなく、そのために別の参考書をあたってみたり、アプリを使ってみたり、別の先生の授業を見たり聞いたり、一度は納得したい!と思ってがんばってみるべきです。少しでも理解できれば後は記憶の定着のしかたが違うことに気づくことができるでしょう。

でもこれって、普段なんとなくやっていることですよね。学校じゃ足りないから参考書を買うとか塾に行くとか動画を見るとか…
ただ、学習能力とは理解力✕記憶力だとわかって勉強すれば、今より少し何か悟れることがあって、少し効率が良くなって、少し点数が上がるのではないでしょうか。

  ( K )

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頭に入る とは

頭に入れなさいとか、頭に入った、などと使う「頭に入る」とはどういうことでしょうか。それは、大事なことを覚えていて何も見なくても与えられた課題ができるようになっていることです。
当たり前のことなのですが、普段の勉強では、問題を解きながら、わからないところがあると、まとめのページをチラチラ見て、(ああそうだった)などと思いつつ答えを書いて、最後まで行ったら丸付けをして(正解〜!)と納得して終わりにしてしまうことがよくあります。
これでは頭に入ったかどうかはよくわかりません。翌日同じ問題をやったらまたわからないということはよくあります。

英単語でもそうですが、完全に頭に入ればそうそう忘れませんが、2・3回覚えようとしたくらいでは、どうしても頭に入らない単語がちょくちょくあります。

頭に入れるには、とにかく入っていないことを繰り返し【使う】ことが重要だと思います。ただ何度も単語だけを書くのではなく、実際に文章を作ったり話したり別の文例を読んでみたり、何度も何度も繰り返し使うことでようやく頭に入ります。
それでも頭に入らない時には紙に書いて壁に貼ったり、語呂合わせを作ってみたり、いろいろ苦労するのですが、そういう覚え方はやはり頭から消えていくのが早い気がします。

頭に入ると、何か独特の頭に入った~という感覚があります。納得という感覚でしょうか。納得とはその字の意味のとおり、頭に納めて得た状態です。その感覚を身につければ、すでに頭に入ったことを何度も繰り返す必要もなく、また、まだ頭に入っていないことはまだダメだと判断することもできるでしょう。

頭に入った。もう大丈夫。
そんな感覚を持てるようになるのも、やはり数をこなすことからかもしれませんが、常に頭に入ったかどうかを意識していることも大切だと思います。

  ( K )

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睡眠時間

小学生も中学生も、
睡眠時間については、比較的よく話題になります。

何時間寝るのが良いのか?
どの時間帯に寝るのが良いのか?

私個人の考えとしては、
自分に合うように寝てくれれば、それでいいと思っているのですが、
ただ一点だけ、気をつけてほしいことがあります。

それは、テストも授業も午前中から始まるということ。
つまり、自分のベストな状態を、朝9時~夕方4時ごろまでに
合わせられるようにしてほしいのです。

睡眠については、本当にいろいろな分野で研究がされていて、
皆、色々な持論を披露してくれるのですが、
午前中に授業があることを否定してみたところで、
現時点では、そういうタイムスケジュールで世の中が動いているわけですから、
それに合わせるしかないですよね。

そうすると、テストや授業がある時間帯に、
ベストなコンディションを合わせるべきだと思うんです。

夕方から、活動開始で、朝が来ると、パワー切れ、
そんな生活パターンは、少なくとも学生には向きませんよね。

夜中、1時、2時まで勉強して、
授業中は、ほとんど寝てる…なんて子も、
クラスメートにいるなんて話を聞くと、
大丈夫かな?その子…って思いますね。

朝起きて、家族としっかりと朝食をとって、
余裕をもって学校へ行き、授業に臨む。。。
そう考えると、遅くても6時半には起きていないといけませんよね。
学校が遠い子なら、もっと早く起きる必要があるでしょう。

家に帰って、夜、勉強する時間を確保することを考慮すると、
8時間寝られる中学生は少ないかもしれません。

しかし、最低7時間は、確保したいですね。
成長期ですから、きちんと寝ることも重要です。

7~8時間睡眠で、遅くても11時には寝る。
あとは、睡魔と相談ってところでしょうかww

早く寝た日は朝も早く起きればいいと思います。
大幅に何時間も時間差が出るのはどうかと思いますが、
1時間程度の時間差なら、特に問題ないと思いますね。

あとは、質の高い睡眠をとれるようにすることでしょうか。
寝る前に、スマホ、PC、ダメですよね。

正しく、しっかりと寝ることは、とても大事です。

( N )


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成功談にご用心

これだけネットで情報があふれかえっていると、
今まで以上に、成功例に遭遇します。

受験ひとつとってみても、
「うちの子はこうやって成功しました~」みたいな話や、
「こ~んなに成績の悪かった子が、劇的に賢くなりました~」という話は、
そこここに、ごろごろ転がっています。

それを、参考として読むには、何も問題はありませんが、
その体験談をもとに、
うちの子も、あるいは、僕も、同じようになれるはず…と
思うのはいかがなものかと思います。

そんな風に思いたい気持ちもわからないではありませんが、
皆、それぞれに性格も能力も違うのですから、
Aさんにうまくいった方法で、
Bさんも、Cくんも、うまくいくというわけではない。

しかし、どうもそこのところが抜け落ちている話を、
本当によく聞くのです。

兄弟でも、違うのですから、
他人なら、なおさら違っていて当然ですしね。。。

むしろ、同じにすると失敗する確率が上がると思っています。

長くこの仕事をしていますが、
同じような進度で進めていても、
全く同じやり方をした子はいないものです。

今、必要なことは、みんな違ってるんですよね。


( N )

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漢字・計算

昔に比べると、
小学生の漢字・計算にかける時間が減っている気がします。

少なくとも、今の公立の小学生たちを見ると、
自分が子供のころにやっていたほど、
計算ドリルや漢字ドリルのような宿題がないと実感します。

しかし、中学生を見ていると、
「計算がもっとちゃんとできたらなぁ~」と思うことはよくあります。
あるいは、「漢字をもっとちゃんと書けたらなぁ~」と。。。

時々、成績は悪いのに、意外と漢字は書ける子に出会います。
「漢字だけは結構いけるなぁww」なんて言うと、
そういう子はたいてい、小学校の時に、
細かくチェックされる先生に当たっているんですよね。
書き順だとか、形だとか。。。

本気になって勉強を始めた時、これは大きな差になります。
例えば、文章を書いても、漢字が書けない子は、
まず、そこを指摘するところからですが、
漢字が書ければ、その時間がいらないんですよね。

これは、国語に限らず、例えば英語の和訳でも、
せっかく意味はとれているのに、
漢字がぐちゃぐちゃ、なんてことになるのです。

「せめて、小学校で習う漢字ぐらいはきちんと書こうよ」なんて、
高校3年生に言わないといけないこともあるんです。
それが、市内普通科の真ん中くらいの成績の子だったりするんです。
やっていけるのかなぁ?と心配します。

計算も同じで、せっかく文章を読み取って、
式が立てられているというのに、
計算ができないんです。少し複雑になっただけでミスをするんです。
もったいない。。。

小学校で、まずは、漢字・計算、
しっかりと整えておきたいですね。


( N )

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直しの仕方

例えば、市内普通科普通クラスギリギリかな?くらいの中2生。

週1回90分では、数学のテキスト1冊をするので精一杯です。
進度は学校とほぼ同じ。

宿題で4~6ページ解いてもらっていますが、
その直しで、ほぼ1コマ終わります。

丸付けは、自分でやってもらうと、答えを赤で書いて終わるので、
毎回、授業中にします。

間違っている問題を、一緒に直していきます。
例えば、連立方程式の計算が間違えていたとします。

「どうやった?」から始まって、

「こっちを2倍した」
「こっちを3倍した」
「で、足して」
言うとおりに、私が紙に解いていきます。

「こうなってる?」
「あってる?」と、一つする度に、
自分が解いた式と照らし合わせてもらいます。

途中で、「あっ!ここが違う!」というのに遭遇します。
「じゃぁ、そこから解き直して」となります。

たかが計算問題ですが、
これくらい手をかけてあげないと、
きちんとした本当の意味での直しはできません。

丸付けをして、間違っていたら、
もう一度解き直すのでは、
「あっ!ここが違う!」という場面に遭遇できません。

実は、これは大事なことだと思います。
自分が、どこでどんな風に間違えているのかを実感する瞬間です。

これは、小学生の計算なんかでも同じだと思います。
途中式をチェックして、
「ここが違うでしょ」と指摘するのではなく、
自分で気付いてもらうこと。

自分でチェックして、気付けるのは、もう少しレベルの高い子です。
多くの子は、一人ではできません。

自分がやった通りに解いているのを見ながら、
自分の間違いを探すという作業。
時間はかかりますが、効果は高いと感じています。

小学生のパパ塾・ママ塾でもオススメします。

( N )

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ブラックボックス

ある時、同業者の友人と話していると、
「塾って、ブラックボックスだよね」なんて言うんです。

塾へ子供を送り届けて、時間が来たら迎えに来て、
担当の先生と話すこともほとんどなく、
塾で、いったい何をどうやってきたのか、イマイチわからない。
これって、ブラックボックスみたいなもんじゃない? と言うのです。

確かに、そんな使い方をしている人の方が多いのかもしれません。
でも、もし、私が保護者なら、そんなことは腑に落ちないはず。。。

大事な大事な我が子を預けるのに、
どんな先生が、どんな方針で、どんな風に、何をしてくれているのか、
具体的に知りたいと思うでしょう。

だから、私自身は、できる限り、
それをお伝えできるようにしているのですが、
逆に、それが負担になる親御さんもいらっしゃる。

あ~、だから、ブラックボックスみたいな塾の使い方が
合う人もいるんだぁ・・・と思ってみたり。

おそらく、このブログに毎日のように訪れてくださっている方たちは、
ブラックボックスでは嫌だと思うタイプだと、勝手に想像しています。

なぜなら、このブログを始めてから、
そういう方からの問い合わせが増えたから。

そもそも、このブログを始めたのは、
昔の自分みたいな、自学自習派の子たちに、
何か役に立つ情報を発信できれば…と思ったのがきっかけだったのですが、

このブログのおかげで、
自分自身の考えも整理できたり、
似た考えの方たちから、問い合わせをいただいたりと、
結局、自分自身のためになってるんですよね。

人生って、そういうものなのかもしれませんね。
ブラックボックスの話を聞いて、
そんなことを考えたのでした。ww

( N )

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取り組み方の差

成績の差は、目的意識の差であり、
それは、取り組み方に顕著にあらわれます。

先日、ある生徒の数学の宿題をチェックすると、
10問中3問ほど、直しが完了していませんでした。
話を聞くと、わからなかったと言うのです。

まず最初は、正多角形の外角の大きさがわかっていて、
頂点の数を問われている問題です。

外角の和が360°になることを利用して解く問題ですが、
よく見ると、その上の問題は、
同じく外角の大きさがわかっていて、辺の数を問われている問題。。。

「ん?この問題はどうやって解いたの?」と尋ねると、
前の確認問題のページを見たというのです。
確認問題のページに、
何種類かの正多角形の外角や内角の大きさを求める問題があります。

その問題の中に、同じ外角の多角形が載っていたので、
それを見て答えを書いたと。。。

ちょっと待ったー!!ですよね。
それ、できるようになってないじゃないですか!

こういうことは、まぁまぁ上位の子でも結構あります。
高校生になったら、転落するタイプ。

きちんとできる子なら、
ここで戻るページは、確認問題の前の例題のページ。

どうやって解いたっけ?
なんかルールがあったよな? って、戻ります。

そうそう、外角は全部たしたら360°だったわ~
っていうところへ戻って、解きます。

ところが、そこへは戻らない。
その差が、成績の差です。

とりあえず、目先の問題に正解することが目的の子と、
テストでもできる状態にすることが目的の子の差。

これ、たまたま発覚したからよかったものの、
きっと、他にも結構こういうのが潜んでいるはず。
しかし、全部、あぶり出していくのは不可能なわけです。

これが、自分であぶり出せる子なら、
全て質問としてあがってきます。
この差、大きいと思いませんか?

やっちゃってませんか?
少しの意識の差で改善すると思いますよ。

( N )


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テキスト10冊程度。。。(続き)

そこまでは求めてないんですっていう人も多いと思います。
市内普通科を目指している子で見てみると、

英語だけは、標準版を追加しますが、他は、
5教科、それぞれ教科書準拠版を持っています。
週2回で英語と数学…ギリギリといった感じの子もたくさんいます。

せっかく国・理・社も購入してるのに、
真っ白のままという子も、よく見かけます。
だから、基礎学は取れない。。。

頭が悪いんじゃなくて、
やってないだけなんですよね。
やれば、できるのになぁ。。。でも、やれないらしい。

やはり、決め手はそこなんですよね。
自分がやらなきゃと思えるか、
誰かやってくれないかなと思ってしまうか。。。

それも才能だと言ってしまえば、それまでですが。。。


ただ、私自身は、
勉強ができればできるほどいいと思っているわけではありません。
もちろん、その能力がある子には、頑張って伸ばしてほしいと思います。

でも、誰もが、勉強に関する能力を持っているわけではない。
しかし、自分に向いているものが何もない、
なんてことはないと思うんですよね。

それを探そうとするでもなく、何かに没頭するでもなく、
ただただ、やりたくないことを避けて、逃げて
貴重な学生時代を、ぼ~っと過ごすのは、
あまりにもったいないと思うんです。

勉強は嫌いでも構わないと思うんです。
自分が輝くことができる何かを見つけてほしいですね。


( N )


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テキスト10冊程度。。。

10冊程度のテキストって、どんなの?って思う人もいると思うので、
中学1年生の例を挙げてみようと思います。

国語:教科書準拠版(定期テスト用)←完全自習
    標準版1年(読解演習用)←丸付け&直しのみ授業で
    古典文法←余力があるとき、たまに授業で

数学:教科書準拠版(定期テスト用)←授業で確認テスト的に
    標準版1年(定期テスト用)←1回目は終わっているので、2回目は完全自習
    標準版2年(先取り学習用)←授業で進む

英語:教科書準拠版(定期テスト用)←完全自習
    標準版1年(定期テスト用)←1回目は終わっているので、2回目は完全自習
    標準版2年(先取り学習用)←授業で進む

これに、理科、社会の標準版を2種類ずつぐらい持っているので、
けっこうな量になりますよね。

プラス、学校のワーク類。
ちなみに、附属の場合は、公立より少しワークが多いようなので、
これだけ持つと、まぁまぁ大変だと思いますが、
これをやってしまう子も、中には、いるということです。

( N )

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積み重ねの差

昨日のような話をすると、
「じゃぁ、うちの子も10冊ぐらいさせてください」なんて言う人もいます。

しかし、それは無理です。
これまでの積み重ねの差がありますから。

中学生になって、10冊程度のテキストを操れる子は、
小学校でも、きちんと勉強をしてきた子です。

家庭学習で、自分の勉強をする習慣がすでにある子。
疑問点を、きちんと自分であぶり出すことができる子。
成績を上げるのは自分自身だと分かっている子。

「そんな風に育った子は、放っておいても1番取りますよね。
 悩みがなくていいなぁ。。。」
なんて言う人もいますが、そうではありません。

そのレベルにはそのレベルの悩みがありますから。
上を目指せば目指したで、それぞれに問題点を発見するものです。
そんな気楽な話ではないんですよね。。。

( N )

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テキストの差

テキストの進度は、皆、それぞれ違っています。

自分でできることは自分で家庭学習でやる子なら、
10冊程度は、授業で触っています。
もちろん、複数教科ですが。。。

しかし、家庭学習をうまくできない子は、
1冊でも持て余しています。
つまり、解けていないページが残ります。

そしてそれは、そのまま力の差となって表れています。
学校のワーク類のほかに、十数冊のテキストに取り組んでいる子と、
学校のワーク類も満足に仕上げられない子では、
差が出て当然ですよね。

結局は、この差だと思います。
やっているか、やっていないか。。。

できる子は、頭が良いんじゃなくて、
やっているんですよね~

( N )

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大学の学部の様子(工・理・農・医歯薬)

理系学部は私は受講していないので聞いた話になりますから、サラッと思い出話をしておきます。

工・理・農学部とも、いくつかの学科に分かれていますから、学科が変わればかなり雰囲気は違うようです。共通しているのは実験があるので、実験が始まるとかなりストレスがかかるようです。実験は夜中も続きますし、失敗すればやり直しですし、けっこう大変で、終わったときの開放感はかなりのもののようでした。
理学部では数学科はかなり雰囲気が違っているようでしたし、農学部では農業土木学科はかなり工学部に近いなという印象でした。

医歯薬のうち医学部医学科を出た人は私の同級生には多いのですが、大学時代の愚痴を聞いたことはあまりありません。やはり能力が高い人は課題をこなす能力も高いのでしょうか。相当大変なはずなのですが。
歯学と薬学はどちらも忙しそうではありますが、愚痴りながらもなんとかかんとか明るくこなしている人が多い印象でした。

いずれにしても学部が同じでも学科が違うとやることも雰囲気もかなり変わってきます。何学部でもいいからこの大学に入りたいと、多くの学科を受けられるだけ受験する場合もあり、それはそれでしょうがないのかなと思いますが、理想を言えば学科まで絞り込んで受験したいものだと思います。そのためには実際にその学科を卒業した人の話が聞ければいいのですが、なかなか難しい場合も多いですね~

  ( K )

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大学の学部の様子(文・教育)

文系学部の続きです。
文学部は学科によって全く違うと思います。英米文学・中国文学・露文などの外国文学科はほぼ外国語学部みたいな感じだと思いますが、他にも地理・歴史・哲学・心理学など、文学部という同じ枠にしてもいいのか?と思うほどの多彩な学科があります。実はこれらは自然科学に対して人文科学というジャンルで共通なのでひとまとめになっているのですが、そのへんの理解は大学に入ってからでいいでしょう。
とにかく専門性の高い学科ですから、好きな科目がはっきりしている人にはいいと思います。歴史が好きなんだけど、偏差値で哲学にしました、ということをすると後で悩む人が多いと思います。

教育学部も実は文学部に似ているところがあるのですが、教育という軸でまとめられているので、教育哲学・教育心理学など様々な角度から教育ということを考えます。
教育は人が対象ですから、その考え方は論理的というよりもやや感情的です。
基本的には教員になりたい学生が多いのですが、半分くらいは普通に企業に就職しているのが現状だと思います。その場合、他の文系学部より専門性に劣るので、就職は若干不利なところがあります。そのへんは受験の際の偏差値にも現れていると思います。

  ( K )

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大学の学部の様子(経済・法)

文系理系の話をしましたので、簡単に大学の文系理系の学部はどういうものなのかをおさらいしておきたいと思います。これは意外と受験真っ只中の高3生でもよく知らないという場合が多いですね。

私は国立大学の経済学部卒ですが、その大学には10の学部があり、そのうち専門の経済だけではなく法・文・教育学部の単位を取りましたので、多少詳しい方かなと思っています。またサークルには医学部以外の全ての学部の学生がいたのも良かったと思います。

さて、文系学部から説明します。

経済学部はお金や価値あるものに関することを考えるところですが、中身の半分はお金や物・人の動きにまつわる歴史を学ぶ学問です。私は高校生までは歴史が苦手だったので、大学に入って(これはしまった!)と思ったのですが、経済の視点から歴史を眺めると、歴史がすごくわかりやすく面白く、歴史が好きになりました。もちろん金融やマーケティングなど現在の経済も学びますが、法学も含めた多様な社会全般を学べる面白い学科です。
経済学部というと楽勝で卒業できるぬるい学部というイメージもありますが、真面目にやると読書量も多いですし、やることはたくさんあります。

法学部は法律全般を学びますが、中で細分化しているので、何を専門にするかによって雰囲気はけっこう違うと思います。憲法と刑法と国際法ではかなりやることが違うのではないでしょうか。
毎日毎日難しい文を読み続ける学部ですので、国語の能力がかなり高くないと苦労すると思います。

  ( K )

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文系と理系

最近は高校受験の時から文系理系を意識することが増えてきているように思います。従来の、工業高校か商業高校かという選択以外に、成績上位の場合でも市高理数科以外にも、いろいろと優秀者を集めたクラスが別科で作られています。ですから中学生のうちから、ある程度は文系理系という適性を意識することになると思います。しかし、自分の適性があまりよくわからないという人も多いでしょう。

将来のvisionが固まっている人はいいのですが、大体は数学が得意か苦手かで決めてしまうことがほとんどです。中には将来の就職に有利だ不利だと、そんなことを言う大人もまあまあいます。

文系理系で悩む人はけっこう多いと思いますが、近年の理系の方が上、みたいな雰囲気には賛同できません。文系にしかできない大切な仕事はたくさんあります。

大事なことは、文系理系のどちらが上とか有利とかではないと思います。
私が、この人は素晴らしいなあと感心する人は、その出身畑が文系だろうと理系だろうと、必ずその反対側の教養にあふれていて、幅広い視野で物事を見て考えています。
文系的な視野を持つ理系と、理系的な考え方ができる文系、が最強ではないかと最近強く思います。
ですから中学生まではあまり苦手意識を作らないようにして、幅広く学ぶことが大切です。

ひょっとすると高校で理系に進んだら、中学の社会(例えば公民)の勉強が生涯最後の社会の勉強になるかもしれません。文系に進めば物理ジャンルを学ぶのは中学が最後という人も多いです。
中学までに学ぶことには無駄なことは全く無いと思います。楽しんで勉強してください。

  ( K )

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プロフィール

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、下記のリンクからご覧ください。
2023.5.17.


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お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

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