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日本語のシャワー

先日、小学校の英語教育関連のオンラインセミナーがありました。

その中で、小学校高学年、あるいは、中学年ぐらいまでは、
英語のシャワーを浴びせることで、英語が身につくというようなことを話していたのですが、

じゃぁ、そのシャワーってどれくらいかというと、
1日3時間週5日が最低ラインww

そうなんですよ、そういうことなんです。
そんなに普通はできませんからwwって思いませんか?

それを聞いて思ったことは、
それよりも、先に、正しい日本語のシャワーを浴びさせてよーってことです。

そもそも、バイリンガル並みに英語が使えないことよりも、
正しく日本語を使えないことのほうが、不便じゃないですか?
そして、正しい日本語のシャワーなら、家庭でも浴びせられるではありませんか!

でも、「正しい」日本語というのがポイントです。
これは、やはり、大人がある程度意識しなければ、
浴びせ続けることはできないんですよね。

言語を自然に身につけられる時期に大事なのは、
英語ではなくて、正しい日本語ですよ、絶対に。
どうなっていくのかなぁ?この小学校英語教育は…と
ず~っと思っています。


さて、今年も押し迫ってきました。
ブログは例年通り、今日が年内最終回です。
今年も、たくさんお付き合いいただいてありがとうございました。
来年は、年明け、1月5日から再開します。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

( N )


年末のご挨拶

子供のうちはとにかく面白いことが好きですよね。遊ぶのが仕事なんて言い方もあるくらい、楽しい fun なことが大好きです。中学生くらいになると、exciting なことが好きになってきて、スポーツやゲームなどワクワク感を求めます。恋愛なんかもこの exciting のうちの一つかもしれません。
私もそんなふうに歳をとってきましたが、最近はもっぱら fun や exciting ではなく、興味深い interesting なことに惹かれます。元々読書は好きでしたが、しばらくは読書が趣味ですとは言えないレベルまで読書量は減っていました。しかし、興味の対象というのは年齢とともに変わるもので、最近は晴耕雨読という理想形にだんだん近づいてきたかなあと思います。

読書だけではなく、音楽や絵画など美術系の興味もinterestingです。自分としては、来年はそちらの方面も開拓したいと思いますが、さて皆さんは、今年はどんなことが面白かったのでしょうか。そして来年は…。

来たる年2024年が皆様にとって、interesting で fantastic な年になりますようお祈りいたします。
本年もお付き合い、誠にありがとうございました。

  ( K )

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まだ習っていません

学校の授業や教科書よりも、多少レベルの高いことを塾ではやることになります。そうするとどうしても、まだ習っていないことにぶつかるわけです。
学校で教わる以前から、知らないことに興味を持ち、なぜなんだろうと考えていたり、新しいことを知ったことに喜んだりする子は、いきなり知らないことが問題に出てきてもそれほど疑問にも思わず、「これは何なんだ??」と思いながら思考を進めるのですが、普段そういう興味を持っていないと、
「まだ習っていないからできません。」
と言って止まってしまいます。

塾は常に子供の知らないことを教える場所ですから、知らないことには説明を加えます。知らないからといって非難されることはありません。
しかし、気持ちとしては、知らないことが出てきてもそのまま考えを進めて、この知らない言葉はこういう意味なのかな?くらいまではたどり着いてほしいのです。少なくとも、習っていないからといって、それを理由に考えることを止めてしまうのはマズいです。

世の中の全ての言葉や知識を、誰かから教えてもらうのは当然だと考えているのかもしれません。しかしそんなことは不可能なのです。
学校や先生は教えるのが義務であり当然のこと。私は子供なのでそれを受ける権利があり、まだ受けていないことはできなくて当然だ。そんな感じで、知らないことが出てきても、しれっとしている感じがプンプンするのです。

知らないことを減らしていこうという気持ちは大人になっても続くはずです。そしてそれは、減らす行動を取っていれば少しずつ減っていきます(全てを知り尽くすことはできませんが)。そういう心持ちは謙虚な心から生まれてくると思うのですが、近年は権利義務や責任の所在ばかりが重要視され、大人でも無知を恥じることもなく偉そうにしている人が増えました。そして、そんな風潮が子供にも影響を与えている気がしてならないのです。

  ( K )

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学校で学ばないこと

社会科の様子を見ていると、昔ほどではないですが、それでもまだまだ「避けて通っている」内容があります。それの最たるものは「国とは何か?」ということです。
日本の歴史も教えているし、地理では領土や日本中の地誌も学んでいると考えがちですが、実は国とは何なのか、国境はなぜ有るのか、なぜ戦争をしなければいけないのか、といった現実的な問題はスルーされています。最近もロシアやイスラエルで戦争をしていますが、なぜそんなことになるのか、戦争はしてはいけないはずなのになぜいつまでも繰り返すのか、そんな根源的な思考は全くされないのです。

そのあたりを学校で学ぶには、大学で文系(法・経など)に進んで国際法あたりを学ばないといけません。ですから世の中の大部分の人は、よくわからないままパスポートを取って、「フォーサイトシーイング」と言って他国に入って観光するわけです。また、「戦争反対」と言うのは簡単ですが、それを止める具体的な方法は知りません。「敵が攻めてきたら酒を酌み交わして話し合う」などと酔っ払いのようなことをシラフで言うのです。

これは日本(だけ)のタブーなのです。タブーですから学校や塾で授業中にそんな話をするわけにもいきません。
そうしてとうとう、「国というものが何だかよくわからない」などとのたまう総理大臣が生まれ、世の中もそれを問題にさえしなくなってしまいました。

社会がそれを教えられないなら家庭しか教えるところはありませんが、すでに親の世代でも、国の意識のないまま子どもを育てている親ばかりで、もう手遅れなのかもしれません。

これを読んで、この危機感を共有してくださる方は、ぜひ自分の言葉でいいですから、国について子どもと話をしてください。それはきっと大切なことですし、卑近なことで言えば社会や国語や英語の力、また学習だけではなく成長のモチベーションにもつながっているはずなのです。

  ( K )

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黙読と音読

最近特に、だと思うのですが、やたらと音読がもてはやされています。まだ字を読み始めのうちは音読でないと読めないということもありますし、音読することで単語のアクセントや強調する読み方や漢字が正しく読めているかという確認もできますし、何かと音読が勧められます。
英語においても音読はいつも勧められます。国語と同じ理由もありますし、発音の正しさや英会話の練習でもあり、シャドーイングなど手法も様々に音読の練習をするわけです。
しかし考えてみてください。子供の頃、音読しかできない子は小さい子ども扱いされてしまうので、黙読できるようになりたいと思って練習しませんでしたか?それにテストは必ず黙読しなければいけないのですから、黙読でスムーズに意味を理解できなければいけません。そもそも自分が子供の頃は音読していると、「うるさい」と文句を言われましたw。今は言われないのでしょうか?

時々問題を解くときに、小声でブツブツと独り言のように問題を読んでいる子がいます。少しでも口を動かしたほうが頭に入るのでしょう。迷惑にならないようにブツブツくらいの音量なので、まあ構わないのですが、やはりどこかで黙読の練習をしておくべきだったのではと思います。

音読の効果を否定はしませんが、文章を早く読んで正確に理解するには、黙読のほうが圧倒的に有利だと思います。数学の問題くらいなら大したことはないですが、国語や英語の長文問題くらいになると、口を動かしたりその音を耳で聞いたりすることすら脳みそのメモリーを使ってしまいます。黙って読めば、脳みそは理解することに全てのメモリーをフル活用できるのです。

小学校5年生くらいからは黙読のほうが楽!という感覚を持ってほしいと思いますので、その前の段階から意識しておいてほしいなあと思うのです。

  ( K )

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空を眺める時間

無邪気な子供の頃、
「空はどうして青いの?」
「雲はどうして白いの?」
「夕焼けはどうして赤いの?」
という疑問は誰しも持つものでしょう。その疑問は中学で解けます。理科で習うからです。
たしかに簡単には説明できないので、小学校から延々8年も9年もかけて、ようやくその謎にたどり着けるのですが、その頃にはもう純粋な子供心はなくなって、興味を失っているという残念な現実があります。
面白いことなのに、なぜか途中で面白いよりも鬱陶しいとか面倒くさいシロモノに成り代わるのです。なんとかならないものでしょうか。

中学の理科で雨が降る仕組みを勉強します。そうするとテレビの天気予報で、気象予報士が地図や天気図を駆使して解説してくれる内容が理解できるようになります。また、東風の時は雨になるとか、雨の時は気温が高いといった、実際の様子と結びつけることができるようになります。ですから天気予報を見るときに、忘れかけていた興味関心がまた湧いてきてくれればいいのですが……。

雲の形と翌日の天気、雨の時の気温や風向きの変化、そういうことの観察力があり、それらがどういう関係になっているかを体感で覚えているならば、理屈を習ったときにスッと頭に入るはずです。逆に観察しておらず体感がなければ、習ったことは机上の論理であり身にはつかないのです。それを一生懸命言葉だけで覚えるのはどう考えても不利なはずです。

観察から生まれる小さな疑問を忘れずに持ち続けることができるということ。簡単に答えが出ないことに疑問を抱えたまま、事あるごとに観察を繰り返して考え続けながら生きていくこと。
それをサポートしていくことこそ、子育ての最重要課題だと思います。

  ( K )

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観察すること

少し前に小学二年生の国語の教科書に、観察の記録を書くという単元があることを紹介しました。観察とは見るだけではなく、観た上で察することで、つまり何か大事なことを得なければ観察とは言えません。

最近は通学時間以外に外にいる子供を本当に見なくなりました。部活動、塾や習い事、(テレビ)ゲームなどで忙しいのでしょう。子供の数自体が少なくなったとはいえ、それ以上のものを感じますし、また外に出るのも親の車で送り迎えが当たり前ですから尚更です。
どうなることやらと心配していましたが、どうやら自然に対する観察力不足や興味・好奇心の欠如が多くなるという結果に結びつきそうです。

観察力不足を生み出す要因として他に考えられるのは、物のブラックボックス化でしょう。パソコンが高性能になったあたりからでしょうか、仕組みがどうなっているか考えることを放棄してしまった人がぐっと増えたように思います。観ただけでは理由がわからないからこそブラックボックスですが、単に高性能なだけではなく、「IT」化によって人が考える行為をしなくなったと思います。
ITとは、information technology すなわち「知らせる技術」ですから、考えなくても教えてくれるわけで、その代表格とも完成形とも言えるスマートフォンを小学生すら扱うようになった今、観察しなくなるのも当たり前かもしれません。

大人になって仕事をし始めてから観察力を上げればいいというのも真実かもしれませんが、それでは高校くらいまでの学力は捨てると宣言しているようなものです。

観察力=観て察する力。
察することが大切なのです。

  ( K )

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100%納得すること

昨日の逆で、
「なんとな~く」が、絶対に許せない子もいます。

とにかく、自分が、きっちり、すっきりと納得するまでは、
絶対に先へ進めない子。

小学生の間は、これ、けっこう手間がかかる子です。
「どうして、そうなるん?」
「なんで?」
と、子供の限られた知識の中でも、納得できるように
質問に答えるのに一苦労ということもあるでしょう。

でも、それは大事にしてあげてほしい。
それを一緒に考え、教えているうちに、
大きくなると、自分で、やり始めますから。

そして、そういう子は、腑に落ちないことを、
そのままにすることがないので、
やったことは、きちんとできるようになっていきます。

小学校のときは、あまりできなさそうだったのに、
急に伸び始める子っていますよね。
そいういうタイプの子です。

小学校で、既に、色々なタイプに分かれているんです。

( N )


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なんとな~く

なんとな~く、問題を解いている子って、
意外とたくさんいます。

どういうことかというと、
この辺とこの辺、なんとな~く、同じ長さっぽいから、
同じ長さってことにして、解いてみる・・・とか、

この角度、なんとな~く、直角に見えるから、
直角ってことにして、解いてみるとか…とか。。。

「なんで、一緒なん?」、
「なんで、直角なん?」って、
根掘り葉掘り聞かれるので、
私の目の前でやるとひどい目にあいますが、ww

きっと、一人でやっている時には、
それをやりまくっている子も、けっこういるはずです。

しかし、これをやってしまうと、
ある地点で、パタリとできなくなります。
当たり前です。

でも、これが習慣になっていると、
それはダメだと言われても、そう簡単に直るわけではありません。

たいてい、こういうのが癖になってしまっている子は、
低学年のうちからやっているものです。

パパ塾、ママ塾で、是非、チェックしてあげてください。
「これ、どうしてなん?」って
しつこく聞いてみてください。
即答できれば大丈夫です。

( N )


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遠回り

同じ数学の問題を解いても、
違う解き方ができるものって、けっこうありますよね。

時には、こっちの方が簡単なんじゃない?って思うこともありますが、
一番の近道は、たいてい、解説に載っている解き方です。

もちろん、テストのことなんかを考えると、
最短ルートで解けるに越したことはありません。

しかし、
テストのためだけに勉強しているわけではありませんから、
違うルートも大切にしたいものです。

少し複雑な問題などを解き始めると、
問題解決の糸口になりそうな条件が、
いくつか与えられていることがあります。

そうすると、生徒の中には、
最短ルートではなさそうなところに、
最初に気付いてしまう子もいます。

当然、気付けば、そこから解きにかかるわけで、
それを前で見ている方としては、
「そんなめんどくさそうなことする?」なんて思うのですが、
決定的に、理論が崩壊するところまでは付き合うことにしています。

「あっ!アカン、手詰まりじゃ!」と、
自分で気付けば、それはそれで収穫ですし、
時々、解けてしまうこともあります。

「お~、そっちでも解けたじゃん~」とか思うのですが、
すごい苦労して解いて、
「は~ぁ、解けた!」っていうところで、
「こっちの方が、早かったりしてな~」と、さりげなく。。。ww

「え?」って、解いてみると、
実は簡単だったりする。

「ショック~、めっちゃ簡単やしぃ」って思うことも、
ひとつの収穫だと思っています。

ひとつの最短ルートだけを勉強するのではなくて、
色々に考えられること、
あれこれ、やってみることを、
大事にしていきたいですね。

( N )


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大人の基準

多かれ少なかれ、自分がやってきたことは、
自分の中で、一つの基準になっているものです。

大人の場合、自分が学生のころ、
どれくらいの時間を勉強に費やしていたか、
どんな風に勉強をしていたか・・・。

それによって、きっと、子供に言うことは違ってきますし、
子供がやっていることに対しての受け止め方も違ってきます。

例えば、
平日、1時間程度しか勉強をしない中学生に対して、

自分はもっとやっていたお母さんなら、
「1時間しかしないってどういうこと?」って思うでしょうし、
自分は勉強をしない日もあったお母さんなら、
「毎日するって、偉いなぁ」と思うでしょう。

休日に8時間勉強した子供に対しても、
「8時間もやるなんて、すごい!」という人もいれば、

「テスト前だし、もうちょっとやってもいいくらいやな」
なんて言う人もいれば、

「この程度に8時間もかかるって、何しよるん?」って、
叱る人もいるでしょう。

おそらく、皆、自分の経験が基準のもとになっていると思うのです。

もちろん、自分とは違う基準を設定し直して、
子育てをしておられるお母さんもいますが、
やはり、どこかで、自分が実際にしていたかどうかの差は
出てしまっているように思います。

学力の差は、経済力の差なんて、
時々、話題になりますが、
経済力の差ではなくて、基準の差だと思います。

大人の基準が、
子供に大きな影響を与えていることは確かだと思います。

( N )


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楽なところだけ…

手間のかかることや、少々面倒なことをやるのには、
普通よりも少し多くのパワーが必要ですが、
それをやると、普通よりも多くの効果が得られます。

当たり前と言えば、当たり前の話ですし、
皆、わかってはいるはずです。

それなのに、効果は欲しいけれど、
パワーは出したくない子が多いものです。

例えば、丸付けの後の解き直しをするとき、
単純ミスによる間違いはすぐに直せますが、
そもそも解き方がわからなかったり、
解くのにすごく手間がかかったりするような問題は、
どうしても時間がかかってしまいます。

しかし、その時間こそが勉強で、
その時間をかけることで、できることが増えるのです。

それはわかってはいても、
家庭学習で、それをきっちりやり切れる子は
意外と少ない。

それを、ずっと誰かに手伝ってもらっている子は特に、
一人で、それをするのが苦手です。

中学生になり、段々とやることが増えてきたところで、
それが苦手な子は、成績が下降気味になり始めます。

以前、ある生徒が学校の面談で
こんなことを言われたと言っていました。

「パンの耳は残して、
真ん中の柔らかくて美味しいところだけを
つまむような勉強の仕方をしている」

うまいこと言うなぁと思いましたが、
まさにその通りです。

楽なことだけして、できるようになるなんていう
おいしい話は転がってはいないのです。

( N )


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わからないこと

わからないことが、わからない子はたくさんいます。
「わからんとこない?」という質問に、
「ありません」とか、「いけます」とか、言うのです。

ホンマにわからんところがなくて、いけてるなら、
悪くても9割は取ってくるでしょうに。。。ww

一緒に勉強をしていて、
伸び悩む子の一番大きな原因はここなんです。

わからないことが、わからない。
わかっていないということが、わかっていない。

一つ一つについて、
「これ、どうして?」と質問していけば、
わかっていないことが判明するのですが、
自分では、それができないのです。

あるいは、仕組みを理解して解くことと、
暗記しなければいけないことの区別ができない子もいます。

解けなかった問題に関しては、
「これは覚えることだ」なんて思っているみたいなのです。

そして、見たこともない問題に遭遇すると、
「やったことないから、できない」と言う。

このあたりの感覚の違いは、
実は、私には理解できないことが多いのですが、
こういう感覚で勉強をしている子は、
なかなかできるようにならないことだけは確かです。

難しい問題。。。


( N )


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小学校で…

小学校で、徹底的に教わっておいてほしいことは、
とてもたくさんあると思います。

全ての基礎のもとになるようなこと、
例えば、文字の書き方や、ノートの使い方、
計算式の書き方などもそうですが、
問題集の扱い方も、もっと徹底的に教えておくべきだと思っています。

おそらく、中学生の半数以上の子が、
ズルせずに問題を解いて、丸付けをしても、
赤で答えを写して終わっています。

それは、勉強ではないということが、
なぜわからないの?とよく思います。

間違えたこと、できないことを、
できるようにしていくことが勉強であって、
赤で書いてできた風に見せることが勉強ではないと、
小学校で、しつこくしつこく教えてくれれば…とか、思ってしまいます。

せっかく、少人数のクラスになっているのに、
効果があまり感じられない。

結局、家庭で、親御さんがそういうのを仕込んでいる子だけが、
あるいは、運良く、塾などで、そういうのが身に付いた子だけが、
できるようになっているような…。

それって、1クラス46人ぐらいいた私たちの時代と、
変わらないような…。

なんだかな~と思うことの一つです。

( N )


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キーボード入力

字をきれいに書こうという気持ちをますます無くさせているのはキーボード入力でしょう。キーボード入力なら当然字が上手いかどうかは関係ないので、理系の人に字が汚い人が多いことにも関係しているのかもしれません。

小学校三年生からローマ字が出てきて(本当は英語の基本をやったあとにローマ字を覚えてほしいのですがそれはさておき)、ついでにキーボード入力も出てきます。「ん」のときは「nn」と入力するなどということも習うのです。
キーボード入力は大人になるまでに必ず覚えなければならない基本スキルになって久しいですが、ブラインドタッチを覚えるにしろ覚えないにしろ、早く正確に入力するにはそこそこの練習が必要です。とりあえず高校1・2年くらいで練習するよりないでしょう。
しかし今は中学生でもスマホを使うのが当たり前になりつつあり、しかも学校からタブレットが支給されています。基本的にQWERTYキーボード入力がメインのようですから、キーの場所は自然とおぼえそうなものですが、学校で早くから教えても、昔と変わらずキーボード入力は苦手という人が、実は意外に多いのです。

今の子供たちが大人になったときに、パソコンがどれくらい使われてどんな入力形式が一般的なのかはわかりません。しかしここまでの流れからすると、20年くらいはキーボード入力は必須かと思います。

字の巧拙、漢字を覚えること、そんな不安もいろいろありますが、たとえ字を書くことが昔の技術になったとしても、できる人はかっこいいですし尊敬されありがたがられるはずです。それは現在の毛筆でも明らかです。

勉強できるできないの前に、とりあえず「人としてカッコよく生きたい」という希望は捨ててはいけないよなあと、最近しみじみ思うのです。キーボードがサラサラっと打てて、字もきれいに書ける。そんな大人になりましょうよ。

  ( K )

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字が汚い

これは当然というか、圧倒的に男子優勢です。見た目を美しくしたいという希望は、やはり女性に多くて、小学校高学年から中学生くらいで、あまりにも汚い子はほぼいなくなります。しかし男子はいつまでたっても汚いままという子が多いですよね。
医学部に入るのような頭のイイ学生でも、字が汚くて呆れられる人はいます。彼らの言い分は、「字は意味を伝えるための道具であって、読み間違えなければそれで良い。美しいことはいいことではあるが、その練習のために時間と労力を注ぎ込むのは無駄である。実際私は字が汚いが医学部に入れている。なんの問題があろうか。」

こんな学生でも医師になってしばらくすると、それなりにきれいに書かなければいろいろ問題が多い(人の命に関わります)ということがわかり、そこそこの字は書くようになります。

字が汚いと意味が伝わりません。自分ですら読み間違えます。別にペン習字をする必要はありませんが、字が汚いのは子供の象徴ですから、中学生くらいのうちに、そこそこの字は書けるようになりましょう。

また最近は減少傾向かと思いますが、字を綺麗に書きすぎる女子(圧倒的に)も問題です。字は美しくノートも美しく、はた目には素敵な女性に見えるのですが、あまりに凝りすぎると時間がかかるばかりの上に意味もあまり頭に入っておらず、結果として見せかけを意識しすぎている残念な女性と思われてしまいます。

勉強の字はそこそこ綺麗に書きましょう。書くスピードも大切ですからそこそこでいいのです。書いてまとめる、そして覚える。そのためにはどんな文字を書くべきか、そこまで意識するのが、勉強できる子の当たり前なのです。

  ( K )

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文房具

前回、字が小さくなる理由について考えました。もちろん他にも要因はあります。筆記具も関係しているかもしれません。

学校では鉛筆のみ可、という指定がかかっている子も多いですが、普段の勉強では中学生以上はほとんどの子がシャープペンシルを使います。高校生や大人みたいに0.5mmの細い芯で書くのに憧れますが、大きな字を書こうとすると折れやすくなる気がします。小さい字をちまちま書いているとなかなか折れないのですが。
折れないように筆圧を下げて書くと手も楽ですけれど、小さい字がますます見えなくなる。そりゃミスしても気がつかないです。

またノートやボールペン、蛍光ペンなども可愛いお気に入りのを使いたいけれど、消費したくないから小さく書くということもありそうです。

文房具は子供や学生の勉強中の唯一の楽しみ事で、いろいろ使いたくなる気持ちはわかりますすが、いい点数を取りたければ、勉強中は使いやすさ重視でなければいけません。文房具のせいで点数が減るなど許せない!くらいの気持ちになればいいのですが。

私のおすすめは、筆記具では0.9mmのえんぴつシャープです。あれははっきり書けて折れにくいです。小さく書こうとすると字が潰れるので、イヤでもそこそこの文字サイズになります。
ノートでは、5mmの方眼罫がいいです。一つのマス目に字を入れるには小さすぎますから、ふたマス1行にして書くことになりがちですが、これが普通の大学ノート(6〜7mm)よりも広い。美しいノートにするためにバランスを取ろうとすると、イヤでも字は大きくなります。しかも縦横は揃えられますしグラフや表も書きやすい。

では、問題の可愛い文房具の使い道をどうするかですが、それは勉強ではないことに使えばいいと思うのです。日記を書いたり手紙を書いたり絵を描いてみたり…。可愛い文房具を使いたいから日記を書く、そんな動機付けでもいいじゃないですか。可愛い文房具を普段使いでどんどん使ってもらえたらと切実に思います。

  ( K )

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字が小さい

小学校の高学年くらいから、急に書く文字が小さくなってきます。女子はおしなべて皆小さくなりますが、男子でも小さくなる子はけっこういます。
もちろん成長とともに手先が器用になり、小さい文字が書けるようになってきますから、小さい文字を書くことは自分の成長の証であり、逆に大きな字は小さい子の特徴だという感覚もあるのでしょう。
しかしです。その文字はどんどん小さくなり、ともすれば必要以上と言えるサイズになります。フォントサイズ6で作った文章をA4印刷したくらいのサイズですw

子どもは基本的に目がいいので小さい文字でも読めるのですが、それでもやはり計算ミスは多くなります。

どうしてそんなことになるのか不思議だったのですが、最近ようやくその謎が解けたのです。
いくつか要因はあると思うのですが、そのいちばんは、計算式が増えてくるので計算用紙を使わずに問題集に直接書き込んで問題を解こうとすると、スペースが足りなくなります。ですからおのずと字を小さくせざるを得なくなるということです。計算をノートに書く子もいますが、大学ノートの細い罫線に書くために必要以上に小さい文字になっていきます。計算用紙を使っていればまだマシなのですが、なぜか計算用紙はもったいないとか面倒くさいと思われがちで、使いたがらない子が多い気がします。
昔は計算用紙という専門の真っ白で罫線のないレポート用紙みたいなものを使っていましたから、たしかにもったいない気がしたのですが、今は500枚300円くらいのコピー用紙をどこでも売っています。
使いましょう。1枚1円しないのです。そしてはっきりと大きな字を書けるようにしましょう。それが計算ミスを無くすために、つつましいけれどとても大切なことだと思うのです。

  ( K )

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行動の差

算数の問題を解いていたときのことです。
A、B、2つの地点から、2人が同時に出発して、
24分後に出会い、その後、一方は32分で到着したという条件。
受験算数によくある問題です。

同じ距離を歩いた時間の比が、3:4であることから、
2人の速さの比が、4:3になることを使って解くのですが、

問題文から、いきなり、
「速さの比ってどうなる?」なんて聞いてみると、
「4:3」て、すぐに答えられることがあります。

ここで、「そうそう」なんて進めるとひどいことになります。ww

速さの比が4:3になるというのは、正解なのですが、
これ、理解して、4:3って言っている子と、そうではない子がいます。

例えば、32と24だから、とりあえず8で割って、4と3。
雰囲気でなんとなく、答えている子もいるのです。

「どうして4:3?」と質問をすると、
理解できている子は、「時間の比が3:4だから」と、
即答できるのですが、
理解できていない子は、窮します。

例えば、適当に答えてしまったとします。
伸びる子と伸び悩む子では、
実は、そのあとの行動に、差があるのです。

伸びる子は、
「わかってません」とか、「当たりましたー」とか、
正直に言います。

伸び悩む子は、
どうにかして、ごまかそうとします。
あるいは、沈黙。

仮に、そのまま進めようとすると、
「実は、さっきのわかってません」とか自己申告する子もいます。
伸びる子です。

伸びる子の多くは、そういう点は素直な子が多いのです。
そして、開けっ広げです。
「できない」「わからない」を、はっきりと言えます。

これは、ものすごく重要なポイントです。
わからないことは、恥ずかしいことではありません。
わかるようにしていけばいいのです。

でも、わかっているふりをしていることは恥ずかしい。
この先も、わかるようには、なりませんからね。

性格の問題もあるかもしれません。
でも、「わかりません」が言えない子は、
直していかなければ、伸び悩みます。

( N )


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テスト直し

テストが返却されると、
「見直しした?」と声をかけますが、
まぁ、たいていの子が「した」と言います。

しかし、本当にできている子は一握りです。

まずトップ層の子たちなら。。。

問題用紙の間違えた問題に印が付いています。
それを見ながら、やったことを説明してくれる子が多い。
どうして、間違えたか、その原因まで分析してから持ってきます。

単なる計算ミスやケアレスミス、問題文の読み違え、
解き方が閃かなかった、・・・など、
直接的な原因にプラスして、
今回の勉強方法の何がまずかったかというところまで
話してくれる子がほとんどです。

その話を聞きながら、気が付いたことがあれば、
補足します。
もちろん、最終的にわからない問題があるときは、
その場で一緒にやります。

これがトップ層(理数科射程圏内)の子のテスト直し。

続いて、上位層(普通科英数クラス圏内)なら。。。

一応、解き直しはしています。
わからない問題を質問もしてきます。
が、原因分析までは至りません。

社会が、ちょっと勉強不足でした、とか、
次は、理科を頑張ります、とか、
そういう、漠然とした感想を述べて終わります。

ここが、トップ層との差です。

さらに、その少し下、普通科普通クラス圏内になると。。。

放っておけば、「しました」って見て終わりです。
問題用紙の問題番号に印をつけて、「解いてみて!」って言うくらい、
こちらが手をかけないとできません。

それを解かせて、確認して、
できないところを一緒にやって…と、
手取り足取りやらなければ、テスト直しはできていません。

「やっときよ」なんて宿題にしたら、
たいていは、自分の答案と答えを見て、終わり。

ひとことに「テスト直し」と言っても、これだけの違いがあります。
だから、学校で、「見直しをしておきなさい」なんて言われても、
できない子の方が多いのです。

中には、問題をノートに写して、
解き直すのが宿題になるような学校もありますが、
これは最悪です。

ただの時間の無駄。
この宿題ではだれにもメリットがありません。

一人で見直しができる子たちにとっては、
問題を写すなんて時間のロスだし、
結局、一人でできない子にとっては、
解答・解説まで写して終わりですから。

テスト直し、きちんとできていますか?
自分が目指しているレベルの子がやっていることを、
自分もやらないと、そのレベルには到達しません。

( N )


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伸びる子

現在の成績に関係なく、
伸びる子の共通点の一つは、スピードがあることです。

例えば、
解けたらすぐに、「できた!」と声をかける。

え?当たり前じゃん?と思うかもしれませんが、
スピードがない子は、
できてから、しばら~く何かをしてから、
「できた」と言うのです。

あるいは、「できた?」と、こちらから声をかけるまで、
黙って、見直しをしているふり。。。

いや、本当に見直しをしているのかもしれませんが、
それ、授業中に必要ですか?ってことです。

もちろん、そういうタイプの子は、こちらが目配りをするので、
授業中には、それほどロスは発生しませんが、
授業中以外はどうでしょう。

特に、学校や家庭学習では、
こういうロスがいっぱい発生していることが想像できます。

例えば、学校の授業中。
指定の練習問題が解けてしまったあと、
余った時間で学校のワークを解いてしまうんです、
スピードのある子は。

スピードがない子は、絶対にそれはしない。
一斉答え合わせが始まるまで、
何もせずに止まっているんです。

これだけを見ると、少しの差かもしれません。
でも、生活全般で考えると、大きな差になっていると思います。

ある時、連日授業だった子が、宿題を途中までしかできずに来ました。
前日の夜と、当日の午前中しか、時間はなかったのですが、
私としては、それを考慮して、2時間半もあればできる宿題を出していました。
まぁ、受験生なので、それくらいはやって当然ですから。

ところが、それができていない。
「どれくらい勉強した?」という質問に、
夜3時間、午前中4時間という返事です。

しかも、宿題以外のことはやったようでもない。
7時間かけて、2時間半の宿題ができないとなると、
これは大問題です。

想像するに、「わからん」とか言って止まっている時間が多いのです。
考えているのではなく、止まっているのです。

この子に限らず、伸び悩む子に多いパターンです。
これを脱出してもらわないことには、始まらないのですが。
脱出できることを祈るばかり。。。

( N )


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実感

受験学年になれば、さすがに、
志望校がない子にはあまり出会いません。

しかし、
「今の感じのまま受ける?」
「ギリギリ滑り込めればいい?」
なんて、言いたくなる子もたくさんいます。

小6でも、中3でも、
そういう子の共通点は、実感がないこと。

話を聞いていると、
今の感じでやっていれば、普通に受かると思っているんです。
そして、進学先でもじゅうぶんにやっていけるとか思っているんです。

例えば、地元公立、学年100人程度の学校で、
40番くらいだとします。
市内普通科、ギリギリラインです。

今までの感じでやっていると、みんながやり出した時点で、
間違いなく番数が下がります。
合格圏外に落下です。

仮に、みんなと同じくらいは、頑張ってみて、
40番を維持したとしましょう。
ギリギリで滑り込めば、高校では下から数えた方が断然早い番数です。
真ん中には、いられない。

数字が出ているから、普通に考えればわかることです。
でも、実感がない。
さらに、それをもう一度噛み砕いて説明しても
自分は違うと思うらしい。

大丈夫だと思っているんです。
2月、いざ出願の段になって、
「志望校、下げましょうか」と担任に言われて、
泣くんです。

いやいや、それ、わかってたことじゃない?
今まで、さんざん説明したよね?
って思うのですが。。。
想像力がないのか?ww

正確に、これを実感できている子は、
早くスタートを切ります。

だから間に合います。
きちんと準備を整えてから、受験シーズンになるわけです。

やる気の差は、この差かもしれませんね。

(N )

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追いつくのは大変

成績を上げたいか、それとも現状維持でいいかと言われれば、
ほとんどの子が、上げたいと言います。

言うのは簡単ですが、実際に上げるのは、
大変なものです。

同じ方向に向いて走っていると考えてみてください。
みんなが走っているところで、自分だけ立ち止まれば、
差は広がるばかり。
つまり、現状維持すらできません。

みんなと同じスピードで走って、やっと現状維持です。
みんなより速いスピードで走らない限り、
追い抜くことはできませんよね。

しかも、上位の子ほど、走っているスピードは速い。

時々、「わかってる?」って聞きたくなります。

「上げたい」とか、簡単に言うけれど、
その覚悟があってのことなの?と思うのです。

そこのところがわかった上で、
頑張っている子もいますが、
実際は、口先だけの子の方が多いものです。

具体的に考えてみること、
大事だと思います。

( N )


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再現力

例えば、今日、学校であったことを、
うまく説明できる子は、
できる子になる確率が高いと思います。

クラスメイトや部活のこと、
学校の先生のことなど、
全く知らない私にも、きちんと伝わるように話せる子は、
成績が良い子が多いものです。

そういうタイプの子は、
おそらく、学校の授業を受けても、
今日習った内容の説明ができます。

授業を受けていない人が聞いてもわかるように、
説明ができるわけです。

だから、当然、成績が良い。

例えば、今日は一次関数の授業だった・・・
くらいのことは、みんな言えますが、
一次関数がどういうもので、
その一次関数についての何を習ったのかを、
説明できる子は、意外と少ないのです。

「こういうことやった?」と聞かれると、
Yes、Noでは答えられても、
自分で説明はできない子のほうが多い。

でも、これが説明できないということは、結局、
理解できていないということですよね?
自分では再現できないわけですから。。。

そもそも、再現しようなどと思いながら、
授業を受けていないわけです。

できる子と、できない子の差は、
こういうところにもあります。

( N )


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主語述語

国語シリーズの最終回は主語述語です。小学二年生の教科書の下巻にこんなことを書いてあります。そのまま引用します。

文を読むときには、主語と述語に気をつけると、じんぶつがしたことや ようすが、よくわかります。
話すときや 文を書くときには、主語と述語が、あいてにきちんとつたわるようにしましょう。

さらにその下に、橋の上で帽子を風に飛ばされて川に落としてしまった男の子が、お母さんに
「ぼうしが。」
と言っているイラストがあり、

「ぼうしが。」と言うだけでは、「どうした」のかが分かりません。どのように言えばよいでしょうか。
とわざわざ問いかけています。

「帽子が!」
「どしたん」
「飛んでいった!」
「どういうこと?」
「川で飛ばされた」
「それどこ?」
「橋のところ」
きっとこの後は、こんな会話が展開されるのでしょう。
町中で聞く親子の会話はだいたいこんなものです。ちゃんとしゃべりなさい!と指導している親は全く見かけません。

前にも書きましたが、この文章を作るということができない子が本当に多いです。中学生でもできない子はたくさんいますが、それは言い換えれば、中学生なのに九九が言えないのと同じことです。算数なら大問題なのに、話し方となるとどうでもいいのが今の風潮です。

要するに言葉はなめられているのです。どうでもいいのでしょう。
しかし、我が子をなんとかまともに育てたいと思うのであれば、低学年の時こそ話すこと書くことを、正しく標準語でできるようにしなければなりません。それはその子の学力に直結しますが、人としてのマナーでもあり仕事にも影響しますし、つまり将来の人生そのもののためでもあります。

これを機会に、小学校低学年で習う言葉(国語)のことを見つめ直してほしいと思っています。何を今更とか、それは遠回り、などと思うかもしれませんが、高学年でも中学生でも心がけ次第で向上するはずです。そして、ひょっとすると、これが学力で困らないためのいちばんの近道のような気さえするのです。

  ( K )

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国語の教科書 5

二年生の国語の教科書は、その後「うれしいことば」につながります。嬉しいという気持ちを文章にする、基本的には良いことを書く、ということを学びます。これも基本です。
次に、メモの取り方をやって、その後でついに「組み立てを 考えて 書き、知らせよう。」という単元になります。ここでは、見つけたものをメモに書き留めてから組み立てを考えます。

はじめ 知らせたいこと
中  くわしい説明
おわり まとめのことば

で構成することがはっきりと書かれています。

つまり、作文の基本は二年生ですでに完成しているのです。しかしこれができない子が多いというのは、なぜなのか。
・作文など大したことではないと見くびられて学んだことをすぐに忘れている。
・算数の九九を覚えることで精一杯。
・低学年の内容に戻ってもう一度振り返るのには抵抗がある。
あたりだろうと思います。要するに大事なことなのに見くびられているのです。

考えてみれば、国語という科目そのものがずっと見くびられています。英語・数学(算数)ばかりが難しいとされていますから、そろばんや英会話から始まり、塾でも算数はほぼ必須科目でしょう。しかし、英語も算数も他の科目も全ては日本語の能力あればこそです。全ての基本は国語の能力から始まるのです。ならばこそ小学四年生くらいまでは国語、というよりもむしろ言葉の能力を伸ばすことに注力するべきです。

その手っ取り早い方法が本を読むことで、教科書にもたくさんの本が紹介され、徳島市立図書館にはその紹介されている本がひとまとめにおいてあります。学校図書館にもあるでしょう。国語の教科書の巻末にも追加の読み物があります。これも必ず読むべきです。

本を読むのが苦手なら、普段の会話に気をつけましょう。なるべく文字を書きましょう。
そういう言葉の積み重ねこそが、小学校低学年でいちばん大切なことだと確信しています。

  ( K )

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国語の教科書 4

二年生の教科書には、

かんさつ名人になろう

というページがあります。これは理科にもつながってきますし、メモを作ってから文章を書くという練習にもなっています。それは、

1 かんさつする ものを きめて、ていねいに かんさつしよう。

ここには観察した記録をメモ書きにすることが書かれています。短い言葉にまとめることの練習で、後の要約にもつながります。

2 見つけたことや 気づいたことを、 ともだちと 話そう。

メモを見ながら話をすることでメモを元に思い出し思考を広げる練習です。作文をするときの基本ですね。

3 かんさつしたことを きろくする 文しょうを書こう。

まず主題を書き、次にどんなようすなのか詳細を説明して、方法や道具の説明もします。自然と話がふくらんでいます。

観察という言葉は、観て察するということなのですが、この察するということがなかなかできません。事実を記録することから始めますが、もっと成長してきたらそこから何が解るのかという「察する」という行為ができるようにならなくてはいけません。見ただけでそこにある真実を感じ取ろうという姿勢はとても大切ですが、「教わっていないからできない」という考え方が普通になってしまっていて、自分ひとりで学ぶ姿勢を持てない人がどんどん増えています。昔は「やり方は見て盗め」とか「見てわからん奴は聞いてもわからん」とか言われて、見て察することの大切さは認識されていたと思うのですが、なかなかそういうことも言えないような風潮になってしまいましたね。

  ( K )

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国語の教科書 3

小学二年生の国語の教科書(光村図書)に載っている日記の文章を、やや長いですが引用したいと思います。

 四月十八日(土曜日)はれ
 夕方、おかあさんがコロッケをつくっていました。ぼくが見ていたら、おかあさんが、
「いっしょにつくろうか。」
と言ったので、ぼくもおてつだいをすることにしました。
 ぼくは、じゃがいもと、ひき肉と、玉ねぎをまぜたものをまるめました。きれいなかたちにするのがむずかしかったけれど、だんだんじょうずにできるようになりました。
 夕ごはんのまえに、できたてをあじみしました。ころもがかりっとしていて、おいしかったです。

これだけの文を書ける子どもは、さんざん練習してもそうはいないでしょう。あくまでお手本を載せるべき教科書ですからしょうがないのかもしれませんが、文も長いですし、ここまで書かなければいけないなら大変だなあと感じてしまい、ちょっとハードルを上げすぎている気もします。
実は本文の脇に、日記を書くときの大事なことが書かれています。それは、

日記にかくこと
・したこと
・見たこと、見つけたもの
・言ったこと、きいたこと
・思ったこと

です。要するに経験と感想なのです。本文では見事な3部構成で、見たこと・したこと(経験)、そのくわしい説明、思ったこと(感想)、になっていますが、そこまで全部書かなくてもいいのです。年齢にもよりますが最低限書いてほしい文を書いてみますと、

夕方おかあさんとコロッケを作った。
かたちを作るのがむずかしかった。
あじみをするとおいしかった。

となります。せいぜいこんなものしか書けない子どもがほとんどでしょうが、これが高学年まで続いてしまうのが問題なのです。

最初はとにかく書くこと。ある程度書けるようになったら、文章をふくらませること、知っている言葉は積極的に使うこと。このあたりを親が指導してあげれば、国語の能力は相当上がるはずなのです。
ちなみに昔の文豪や有名人などの日記が本になっているものがありますが、それを見てもいちいち細かく詳細を書いているわけではありません。ただ事実と時々感想を書いているだけのものが多いのです。それでいいではないですか。箇条書きやメモでもいいのです(メモの書き方も教科書には出てきます)。とにかく、宿題の答えを書くだけでは書いたことにはなりません。自分の言葉で文を書く!ということをするべきなのです。文字は単なる記号ではありません。自分の考えを伝えるための道具なのです。

  ( K )

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国語の教科書 2

国語という教科を重視している人は少ないです。つかみどころがないし、何をすればいいのかもわからないし、しょうがないから漢字だけは覚えなければ困るから漢字は覚えなさい、程度の認識です。幼稚園時代に一生懸命我が子にひらがなを教えたお母さんも、小学校に入るとホッとするのか、せいぜい漢字くらいしか注目しません。

しかし、大事なことは低学年の教科書や授業にたくさんあって、それは算数の九九と同じレベルだと思います。
どうして国語は適当に扱われるのでしょうか。それは、大人から見て国語の教科書や授業内容はあまりに簡単すぎて、これなら我が子でも問題なくできるだろうとたかをくくっているのかもしれません。また国語は普段の会話で覚えるものだから、わざわざ学校の授業で学ぶ意味はあまり無いと思っているのかもしれません。
しかし前回紹介したように、作文の基本は一年生から出てくるのです。時計の見方や九九を覚えることで精一杯なのかもしれませんが、文を書く練習は必ずしておくべきだと思います。
教科書には日記が出てきますが、基本パターン3文で書くと決めてしまってもいいかもしれません。また日記が書けないなら、親子で手紙を書いてもいいですし、冷蔵庫にホワイトボードを貼り付けて、そこに今日の予定や目標を毎日書くとかでもいいでしょう。とにかく書くことをしなければいけません。それは本を読むより絶対に簡単なはずです。

次回は教科書に出てくる日記の内容について書きたいと思います。

  ( K )

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プロフィール

自律学習ゼミ

Author:自律学習ゼミ
徳島県で、家庭教師や塾講師をして、20年が過ぎました。そこで、この経験を生かして、小・中学生の君たちや、お父さん、お母さんに、何か少しでも役立つようなお話ができる気がして、このブログを始めることにしました。中学受験のこと、高校受験のこと、学校のこと、塾や家庭教師のこと、家庭学習や勉強の方法など、色々なことをお話ししたいと思っています。
2013.7.19.
・・・・・・
それから早10年が過ぎようとしています。ブログは、情報も古くなっていくので、5年分ぐらいが残るように、日々、刷新しています。2022年度より、自律学習ゼミとして、教室も移転し運営しております。「いったいどんな塾なの?」と興味を持たれた方は、ホームページをご覧ください。
2023.5.17.

自律学習ゼミHP
https://jiritsu-gakusyu.jimdosite.com/


お問い合わせ nagao@ceramica-shigemi.jp

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